一般刑務所の「寮内工場」と呼ばれる場所
2001年6月、秘書給与詐欺という罪で刑務所に服役した元衆議院議員の山本譲司さんは、栃木県黒羽刑務所に入所し、その刑務所の「寮内工場」と呼ばれる場所で、刑務官の仕事をサポートする指導補助という役目を命じられます。「寮内工場」には「精神障がい者、知的障がい者、認知症高齢者、聴覚障がい者、視覚障がい者、肢体不自由者等」の方々がおり、山本さんは障がいを抱える受刑者たちに作業を割り振り、日常生活においてもその介助をする仕事をされていたと言います。山本さんは、障がいのある受刑者が医療刑務所ではなく一般刑務所に数多く入所されていることに驚愕します。そのことについて山本さんはすでに『獄窓記』という著書ではじめて取り上げ、障害者福祉の世界に大きな衝撃を与えましたが、『累犯障害者』ではその実態をさらに踏み込んで書かれています。「触法障がい者の社会復帰」について考えていく際、多くの示唆を与える必読の書であるのではないかと考え、以下に「下関放火事件」のケースを取り上げて整理したいと思います。
意思疎通をはかることができない受刑者たち
山本さんは障がいのある受刑者とたちと積極的にコミュニケーションをとることができようになっていきますが、意思疎通をはかることができない受刑者たちもいたと言います。刑務官たちは「福祉のほうで何とか支えられなかったのだろうか」と障がいのある受刑者たちの処遇に苦慮していたと言います。
山本さんは出所後、障がい者福祉施設で支援スタッフとして働きながら、「一体どういう経緯で法を犯すことになってしまったのか」と服役中に疑問に思ったことを考えていくため、罪を犯した障がい者たちの周辺を訪ね歩いています。
下関駅放火事件 ~F容疑者の場合~
過去10回にわたって刑務所に服役し、下関駅放火事件の容疑者として逮捕されたFさんは「知能指数66、精神遅滞あり」と判断され、軽度の知的障がい者だったと言います。
「私の経験からすると、軽度の知的障害者というのは、人から言われれば身の回りのことはある程度こなせる。しかし、自分で考え、自ら進んで取りかかるということは、なかなかできない。ものごとの善し悪しも、どれほど理解しているか分からない。」
山本さんは「知的障害者がその特質として犯罪を惹起しやすいかというと、決してそうではない」と前置きをしてから、「善悪の判断が定かではないため、たまたま反社会的な行動を起こし検挙された場合も、警察の取り調べや法廷において、自分を守る言葉を口述することができない。反省の言葉もできない。したがって、司法の場での心証は至って悪く、それが酌量に対する逆インセンティブになって」おり、「実刑判決を受ける可能性が高くなる」と言います。F容疑者は福祉と関わる機会がほとんどなかったようで、「障害者手帳」を有したことは一度もなかったそうです。11歳で少年教護院に入り、以後は少年院、矯正施設を出たり入ったりの繰り返し。「塀の外の社会」にいた期間はごくわずかしかなく、「成人して以降の54年間でいえば、その約50年間を塀の中で過ごしている」と言います。
山本さんは山口刑務所を訪れ、Fさんに会いに行きます。Fさんとお話をする中で、山本さんは「快感を得るための放火というような、愉快犯的な要素はないように思う。放火事件を起こさないためには、ただひとつ、社会の中に居場所がありさえすればよかったのだ」とし、「しかし、そこが一番難しい問題なのかもしれない」と述懐しています。Fさんは放火事件を起こす前、北九州市内の市役所を訪ねたけれど、「住所がないと駄目」と相手にされなかったと言います。「区役所の職員がまともな対応をしていたならば、少なくとも下関駅が焼失することはなかっただろう」と書いています。
少年時代、Fさんは父親から凄まじい虐待を受けており、体中が傷だらけ、とりわけ、「胸部から腹部にかけて全面に広がる火傷の跡」が酷くあると言います。父親から燃えたぎる薪を押し付けられていたのです。Fさんはそうした生い立ちを持っている方なのです。
山本さんの知る障がいのある受刑者の中には、「貧困だとか悲惨な家庭環境といった様々な悪条件が幾重にも重なることで、不幸にして犯罪に結びついているケースが多い」と述べています。
山本譲司さんは、あるイベントのパネルディスカッションの中で、こんなことを言ったことがあることを覚えています。
「刑務所の一部が福祉の代替の一部になっている。府中刑務所にいくことがよくあるが、○○刑務所で会った方たちが何度も入っている。『これからどうするの』って聞いたら、『自らここでいい』と。福祉の刑務所化を防がないといけない。だすれば、変わるべきなのは、福祉のサイド。人を見て支援していってもらいたい。福祉につながったことで再犯を100分の1に減らしたと思って、どんと構えてほしい。触法障がい者の方は今まで人に依存したくてもできない環境があった。だからむしろ、かかわっていくことが大切なのではないか」
以上、山本さんの著書『累犯障害者』の一部を整理しましたが、その他の事例についても驚くべき内容が書かれています。ご興味のある方はお読みいただければ幸いです。
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