埼玉県立浦和商業高校定時制課程(以下、浦商定時制と略す)は、2008年に統廃合になった定時制高校です。2001年10月、埼玉県教委は「いきいきハイスクール前期再編整備計画(案)」を発表し、浦商定時制を含む3つの定時制高校を、2004年度を最後に募集を停止し、パレットスクールに統合しようとしたのです。
この統廃合をめぐって、浦商定時制の生徒、保護者、教職員、卒業生らが四者協議会を立ち上げ、統廃合反対運動を展開しました。その運動の経過は、今回紹介させていただく浦和商業高校定時制四者協議会編『この学校がオレを変えた』(ふきのとう書房)に綴られています。この著書は、浦商定時制が統廃合運動を通して「学校とは何か」「生徒とは何か」「教師とは何か」という本質的な問いかけを学校内外に発信し、理想の学校づくりを世に問うていったということなのです。
※ちなみに、この定時制高校を知りたい方は、浦商定時制の4年間を密着したドキュメンタリー映画『月あかりの下で ~ある定時制高校の記憶~』(太田直子監督)をご覧いただければ幸いに存じます。また、『この学校がオレを変えた』には私も執筆者として参加していますので、ご興味の方はお読みいただければと思います。
浦商定時制は統廃合を契機に学校づくりに着手したのではありません。浦商定時制の学校づくりの運動は、その前からすでに行われていたのです。浦商定時制の取り組みが私たちに問うていることは、何も学校の問題だけではありません。特定非営利活動法人縁パワーを立ち上げ、障がい者グループホームを開設する私たちにとって、きわめて大切なことを突き付けていると考えます。
以下は、この著書から読み取る「浦商定時制の面白さとは何か」を書き記したいと思います。
浦商定時制における教育実践が規制緩和や市場原理を導入した小手先の高校改革とは異なることを明らかにしています。まず、規則で生徒を縛らず、敷居の高い学校の職員室を生徒たちに開放することで、生徒たちに安心感を与えたことです。また、教員はみずからの権力性をズラし、生徒一人ひとりに目配せし、ゆったりとした雰囲気で家族のように振る舞う中で、既存の学校像を脱構築し、学校常識をズラし、「学校らしくない学校」を生徒たちに提示することを可能にしました。経済効率優先の大規模校では不可能に近い学校のありようです。
次に、浦商定時制の教員は自分のやっている教育活動を対象化し、論理化することを怠らず、教育実践に行き詰まると、様々な分野の本を読んで、自分の実践を立て直そうという姿勢がありました。また、教職員のほとんどが民間教育研究団体(高校生活指導研究協議会、学校体育研究同志会、教育科学研究会、仮説実験授業、歴史教育者協議会等)に所属し、全国の研究会に自費で参加し、みずからの教育実践を相対化していました。こうした様々な教職員たちの問題意識が職場で自由に学校のこと、生徒のことについて語ることができる環境をつくることができたのです。多様な生徒のリアルな現実に切り込むために教職員集団が職場の中で公的な学習会を組織し、共通認識をつくることができたのは、生徒の現実と学習する職場環境があったからにほかなりません。生徒の指導上の問題を担任だけが背負い込むのではなく、職場内で共有するのです。こうした環境がつくれたからこそ、学校行事を通して、生徒にどのように成長してもらいたいのかという「指導上のねらい」をしっかりと持つこともできたのでしょう。
三つは、教職員は、学校の中で生徒が主体的な主人公として生き、生徒たちの要求をくみ上げ、生徒たちが自分たちに関わる問題を民主的に議論できる場をつねに保障していたところです。学校の中で自分たちの「声」を聴いてもらえることは、自分自身を受け止めてもらえたという実感を持つことです。それは同時に、他者に対する配慮にもつながることでもあります。
生徒の「居場所」を確保していくことは、教職員集団の責任だと自覚されていました。もちろん、生徒の「居場所」を確保するためには、生徒自身にとって「居場所」が何かがわからないと確保もできません。あてがいぶちの「居場所」ではなく、生徒が自分たちの「居場所」を奪還しなければならないのです。そのためには、教員と生徒の緊張関係がなければなりませんでした。教員から「学校文化」を押しつけることも多々あったと思います。そうしたせめぎ合いの中で獲得されたのが、生徒たちの「居場所」であり、たんに生徒の「ニーズ」に合わせて、あてがいぶちの「居場所」を用意したわけではないのです。
四つは、ホームルーム活動や学校行事を通して、日常の活動では見ることのできない生徒たちの新しい力を引き出し、伸ばしそうとする教育思想がありました。多くの場合、「体育祭や文化祭などの行事は、生徒が自主的に考えてやるものだ」と思っています。要するに、教員が指導すべきではない、と。「行事」を捉える浦商定時制の教員の認識はまったく異なっていました。実行委員会の運営方法、原案作成、レジュメの作り方、役割分担、討議・総括の仕方などを指導し、生徒たちが様々な壁に衝突する場面をつくっていました。生徒たちにとって厳しい経験だったのですが、しかし自分たちが決定したものを自分たちが執行し、総括していく道筋を教員が指導していくことで「引き出されていく力」があります。そうした共通認識が職場にあり、「生活指導」に力点を置いて教育実践をしていたのです。
五つは、たんに生徒の「居場所」が確保したことに甘んじず、生徒の実態を立体的に検証し、「学びの在り方」を追求し、生徒につけさせたい力を策定したことも画期的です。上からの教育課程づくりではなく、「教育課程の自主編成づくり」をめざすことで、より責任ある学校づくりに着手できたといってもよいでしょう。
六つは、浦商定時制統廃合問題を通して、生徒たちに「自分たちの学校の意義」を問い直させ、学校内の教育活動だけでなく、社会参加の教育活動へ転換させました。四者協議会を発足させることで、教員と生徒だけの教育活動から様々な価値観を持つ「他者」と関わる教育活動へ軸足を移し、学校教育の内容の問い直しを企てていました。生徒の「居場所」を「居心地の良い空間」と「社会に打って出るための拠点としての居場所」の二重構造として捉え直し、生徒が大人として成長していく教育実践過程のパラダイム・チェンジを図ることになったのです。これは、新しい後期中等教育の在り方を示した実践といえるでしょう。
七つは、公開授業研究会やシンポジウムを開いて外部からの評価・批判を正面から受け止めたり、これからの「学校像」を生徒・教員・卒業生・保護者・外部の人々と一緒になって語り合ったり、あるいは浦商定時制における教育実践の著作の刊行することで、「学校の未来形」を世に問うたこと、です。
以上です。
障がい者グループホームを開設していくうえで、浦商定時制から学び取ることはいっぱいあると思います。「グループホームとは何か」「障がい(者)とは何か」「当事者とは何か」「支援するとはどういうことか」など、自ら問いかけ、今後も実践していきたいと考えています。
浦商定時制は、私の原点です。
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