私たちの障がい者グループホームでは「こころ・からだ・食・健康」という4つの視点を大切にして運営できないかと考え、いくつかの取り組みをしてきました。
気持ちをリラックスしたり気分を切り替えたりするには、心を落ち着かせていくことが必要であるため、お香などで香りのよい空間をつくってきました。また、日々の疲労を気に掛け、健康に良い体操や呼吸法を学ぶための「健康プログラム」も月1回行ってきました。もちろん、こころとからだのバランスを整え、いつでも入居者の方々が健康に暮らしていくためには「食」という視点も必要です。そこで、毎日の朝食・夕食は野菜をベースにした「美味しい健康的な食」をめざしているところです。
そんな4つの視点をめざしていくプロセスの中で、「健康な食材を食べていただきたい」という発想から、「自分たちの食べるものは自分たちでつくりたい」という考え方が芽生えてきたのです。
もちろん、「すべての食材を自分たちで」ということをすぐに実践することは難しいため、身近な取り組みから出発することになりました。
それがグループホームの庭での菜園です。小さな「菜園」なのですが、自分たちが育てた野菜を自分たちで食べていくという取り組みを昨年から続けているのです。
「健康な野菜」をつくるには、しっかりとした農法を学ぶことが必要です。そこで手にしたのが、川口由一さんの本(編著も含め)だったのです。『はじめての自然農で野菜づくり』(Gakken)から読みはじめ、『誰でも簡単にできる! 川口由一の自然農教室』(宝島社)、『自然農への道』(創森社)、『自然農の野菜づくり』(創森社)、『妙なる畑に立ちて』(野草社)、『自然農から 農を超えて』(カタツムリ社)、『自然農という生き方』(大月書店)、『自然農 川口由一の世界』(晩成書房)を矢継ぎ早に読んでいったのです。
自然農には「三大法則」があります。
法則1 耕さない。
法則2 肥料・農薬を用いない。
法則3 草や虫を敵としない。
自然農の「三大法則」を学んだ時は驚きの連続でした。なぜなら、今まで当たり前として考えられてきた農業の仕方とはまったく違っていたからです。
川口由一はこう言っています。
「自然界には迷路がなく、障害がなく、問題もありません。自然界の理に沿って、任せていけばいいのです。問題が生じるのは私たちに問題があるからです。自然に沿ってできないことはなく、できないのはどこかで自然から外れているからです」(『誰でも簡単にできる! 川口由一の自然農教室』)
つまり「自然と共に人間が暮らしていく持続可能な栽培生活を自然農は実現している」ということなのです。農業における「コペルニクス的転換」ですね。
川口由一によれば、自然農は生死のすべてのプロセスが丸ごと畑で起こっているというのです。
「自然界は、自ら然しめると書くように、すべてが過不足なく、誤ることなく、生きる糧を用意しています。すべてが一体で個々別々なんですね」(同上)
川口由一さんの言葉について、新井由己さん・鏡山悦子さんたちは以下のように解説しています。
「たくさんのいのちを育む豊穣の舞台は、そこに生きている草々や小動物が生死の巡りを重ねることによって、さらに豊かになっていく。耕してしまうと、その舞台を壊してしまうことになる。草や虫、小動物が生き死に、その場を積み重ねることで『亡骸の層』ができ、そこに自然界の微生物が誕生し、さらに豊かな舞台へと変化していく。亡骸の層は土と違って保水力通気性が高いので、作物も育ちやすい」(同上)
ここまでくると、自然農は哲学そのものですね。
ただ、川口由一さんは農業をはじめた時から「自然農」をされてきたわけではないと言っています。
「僕は先祖代々の小作農民の長男に生まれ育っていますので、農業をする時には、耕さなければならない、肥料をあげないと作物は育たないと思い込んでいて、疑うことはありませんでした。草や虫は敵だと思い、それらとの戦いの農業を当たり前のこととして二〇余年続ける中で、化学肥料や農業によって自分の身体を壊し、心も精神も衰弱させてしまいました」(『自然農から 農を超えて』)
川口由一さんは自分の身体を壊す農業に疑いはじめ、心身ともに疲れ果ててしまった頃、有吉佐和子『複合汚染』、福岡正信『自然農法』『自然農法・わら一本の革命』という本に出合います。
「僕は、自分の身体を壊したことがきっかけとなって自然農法と出合い、そして漢方治療と出合いました。自分の食べる物は自分でつくるという自給自足の考え方と、自分や家族の身体は自分で治すという考え方が大事だなと思いはじめました」(同上)
私たちのグループホームで「自分の食べる物は自分でつくるという自給自足の考え方」を導入することは困難ではありますが、私たちのグループホームに入居されている方々の身体について気に掛けること、その姿勢を実践することはできると考えたのです。その試みが「小さな菜園」の取り組みなのです。そうした取り組みをすることを通して、自分自身や、共に暮らす仲間の「身体」を気に掛けていこう、と考えたのです。
もちろん、川口由一さんは、はじめて自然農に取り組まれてから、数年は試行錯誤の連続だったと言います。
だから、自分たちになりに実践をしてみて、立ち止まって、考え抜いて、少しずつ「自然農」に近づけていくことでもいいのではないかと今では思っている次第です。
そんなことを思わせていただける本が、川口由一さんたちがつくられる「自然農法」の本なのです。