ホームレス支援の現場には、認知症の高齢者、知的、発達障がい者やアルコール依存症・統合失調症等を抱えた精神障がい者と出会うケースがあります。NPO法人TENOSAHI代表で、精神科医の森川すいめいさんは『漂流老人ホームレス社会』の中で、ホームレス者のうち知的障がいを持つ割合がどのくらいなのかを調査したことについて書いています。
2009年の年末、TENOHASIとぽとむあっぷは、臨床心理士の奥田浩二さんが中心となって研究デザインに取り組みます。それは、市の職員であった奥田さんが支援業務の中でどうしてもうまくいかない支援の現実に対して、「根本的な解決のための視点が一つ足りない」と感じていたことがきっかけです。ホームレス支援の現場では「ホームレス状態になっている人たちに、知的障がいを持つ人たちは少なくない」という実感を持っていたからです。奥田さんは「ホームレスである」と一括りにせず、障がいを持つという視点で支援が行われなければ、障がい当事者の方々は耐えられないと感じていました。
そこで、奥田さんや森川さんらが集まって議論していきます。それぞれの支援の現場の経験を集め、4000件に近い過去の10年分のホームレス者に関する目を通した結果、「知的障がいと思われる人たちが多数の割合を占めそうだ」ということがわかったと言います。
奥田さんは「大六式」の方法を提案。「大六式」はウェクスラー成人知能検査と呼ばれるIQを検査する方法で、14の項目のうち、4種類で行いました。検査は「IQテストに加えて、生活保護に関するものや、希望、生活史など」についても聞き、1人合計2時間かけて行い、推定は精神科医が行いました。その結果、全体(約280名に依頼を出し、約160名が回答。回収率60%の調査)の約30%がIQ70未満であり、知的障がいの可能性が示唆されたと言います。この調査はホームレス支援をするうえで画期的な調査だと考えます。
森川さんも著作で書かれていますが、調査後、半数近くの人が路上生活から脱するなんらかの支援を受け、知的障がいと思われた人のうち、約半数に生活保護受給の支援を受けることができたというのです。魂を込めた取り組みがここに結実したと言ってもいいでしょう。
ちなみに、朝日新聞2010年5月17日付朝刊に、奥田さんや森川さんらの調査結果の記事が紹介されました。調査対象者の平均年齢は55歳で、全員男性。最終学歴は小学校が2%、中学が56%。軽度の知的障がいの方は28%、中度の障がいの方は6%。知的障がいが軽い方の精神年齢は9~12歳程度で、これはものごとを抽象的に考えることが困難です。中度では6~9歳程度で、周囲の援助がないと生活が困難です。
「チーム代表の精神科医・森川すいめいさんによると、周囲に障害が理解されず、人間関係をうまく結べないことで職を失うなどの『生きづらさ』が、路上生活につながった可能性があるという。知的障害により生活保護の手続きを自発的に取ることができなかったり、精神疾患により気力が下がったりして、路上生活から抜け出せない現状がある。森川さんは『障害に応じた支援が必要』と指摘する。」(『朝日新聞』2010年5月17日付朝刊)
この調査の対象者全員が男性でしたが、女性ホームレスが存在しないということを意味していません。男性よりも見えづらくなっているということなのです。
早川悟司は、児童養護施設退所後の困難として①退所後3年を超えると公的な保証人制度がない、②住込み就労のリスク、③若者ホームレスの増加、④様々なかたちでの性被害、などを挙げます。とりわけ、女性の場合は、住む場所がなく18歳未満で社会に出されてしまうと、性産業に行くか、男性のところを泊まり歩き、性被害を繰り返すケースが多いと言います。
二場美由紀さんは「性風俗産業はセーフティネットなのか、それとも貧困ビジネスか」、「性風俗産業において労働者の安全や権利が守られているのか」と問います。性風俗産業こそ「貧困ビジネス」です。湯浅誠さんは「貧困ビジネス」を「誰にも頼れなくなった存在の、その寄る辺なさにつけこんで、利益を上げるビジネス」と定義しましたが、若年女性ホームレスは誰にも頼れる人がいない状況で、住まいが絶たれている、その寄る辺なさにつけこんでくるのが、性風俗産業だからです。とりわり、軽度知的しょうがいの女性は性産業の罠に巻き込まれやすいです。二場さんの言うように、お金や住居、頼れる人もいないとき、「寮つき、日払い、保育つき、高給・・・」と謳う性産業の罠に女性が落とし込まれている社会システムがあるのではないでしょうか。性暴力被害者はPTSDを発症しやすいだけでなく、人間関係に不可欠な「人や社会への信頼」が損なわれます。性暴力とは重大な人権侵害なのです。頼れる人がいない状況で住まいを絶たれることの意味は非常に深刻な問題です。
森川さんの著書は女性ホームレスの実態を整理することはなかったにせよ、支援現場の中からホームレス支援のあり方を根本的に変えていくきっかけを与えたことは間違いないでしょう。