3年ほど前、淑徳大学の非常勤講師だった嘉山隆司先生の講義にゲストティーチャーと招かれ、「生活困窮者の就労支援」についてお話をした講義内容を以下に整理したいと思っています。
生活困窮者の実態について
生活困窮者の実態は、社会経済状況の大きな変化に伴って複雑化、困難化しはじめています。たとえば、①雇用環境の悪化にともなった就労の困難性、②当解雇・倒産・雇い止め等によって社会から放り出される、③第1のセーフティーネット、第2のセーフティーネットにも該当せず、行き場がない、④家族や友人等に相談できない、⑤支援を求めることができない、なんらかの精神疾患や発達障がいを持っている、⑥家族からの孤立状態にある人が増えてきている、⑦路上生活者に至る悪しきスパイラルには「寮の住込み」が断ち切られたことが要因になっている、⑧失業によるネットカフェ難民、⑨路上生活者の若者が増大し、生活保護や住宅手当などに若者の申請者が頻繁になってきた、⑩刑務所出所者であるために就労へ至らない、⑪DVで傷つけられた女性、等、様々な要因で生活困窮、就労困難な状態に陥っています。
以上の状況をまとめますと、生活困窮者の実態は、たんに経済的に困窮しているということだけでなく、①家族をめぐる問題(家族関係の断絶、母子家庭、家族観の暴力、虐待等)、②精神保健をめぐる問題(うつ、不安、発達障害、知的障害、依存症等)、②経済的な問題(多重債務、事業の失敗、倒産、消費者トラブル、被害等)、④社会関係をめぐる問題(いじめ、ひきこもり、社会的孤立、排除等)、⑤差別・偏見をめぐる問題、等が複合的に絡み合い、様々な生活上のリスクが重なって、自立することの困難性を抱え、生活が困窮している方々が多いというのが実情なのです。
こうした状況を抱えているからこそ、生活困窮を強いられている当事者一人ひとりの「生きづらさ」を丁寧に一つひとつ聴き取る作業が非常に大切になってきます。しかし、当事者一人ひとりの「生きづらさ」ゆえに、本人から発露される言葉はむき出しのまま投げ出され、感情の訴えにしか聴き取ることができませんから、言葉にならない当事者の「声」をしっかりと受け止め、共感し、再統合することが問われているといってよいと思います。つまり、当事者の「困り感」が何かを受け止めたときはじめて当事者との「信頼関係」ができるのです。それを前提にしない「就労支援」はありえないと考えています。
そればかりでなきく、生活困窮者の中には、①家族がいない、②なんらかの事情で家族との関係を絶ってしまっている、③家庭の体験がない、などの要因が被さって、実家に戻ることができない方々もいます。そうした方々には、家族関係で積み上げていかなければならない「基本的な生活」が奪われていたり(家族機能不全)、福祉事務所等に辿り着いたときは元気だった方が、生活保護制度等を利用する中で仕事が見つからず、だんだんと元気がなくなり、メンタルも衰えていったりします。その結果として、生活する意欲、就労意欲がさらに減退してしまうため、支援がきわめて困難になっています。
こうした方々に対する就労支援は一筋縄ではいかないのが現状ですが、「よりエンパワーできる就労支援のあり方」が求められているのではないかと思っています。
1)仕事のブランクがあったり、(人間関係も含め)何らかの事情で働きたいけど働けなかったりした人は、就労へ向けて一歩踏み出すことができない状況があります。就職活動そのものは本来1人で行うものであるが、採用結果が得られないと自信を失い、不安を抱えてしまいます。そういった人たちには「ひとりじゃない」という意識を持っていただき、同じ境遇の人たちと交流し、就職活動の現状を共有するなかでエンパワーしていただくことが大切です。
2)就職活動へ臨む際、自分の言葉で気持ちを他者に表現するプロセスを経験することが必要です。しかし、1人で就労困難性を抱え込んでいる場合、他者と出会ったり他者に言葉を伝えたりする機会が少なくなってしまいます。したがって、いざ面接に行ったとしても、思うように自分の言葉が内側から出てこないのが現状です。そこで、同じ境遇の方々と交流したり話したりする中で、「出会い方」を学んでいただくことがポイントなのです。
3)自己は他者を鏡にして成長しています。自分と他者を比較し、「自分はダメなんだ」と悲観的に考えるのではなく、自分の困難性と他者の困難性のつながりを発見し、他者のキラリと光る点を発見できる自分こそキラリと光るなにものかを持っていることに気付いていきます。
4)人間は「社会的存在」である。関係性なしでは生きていけません。自分の殻に閉じ込まず、他者に向かって開いていくことが同時に社会に向かって開いていくことだということを意識化していただくのです。そのためには、直接的な「(就労の場を含めた)大きな社会」と出会わせず、グループワークのような「小さな社会」で体験していただき、元気を取り戻していくことが大切です。
5)面接の場では自分が生きてきたストーリーを語る場です。したがって、自分のストーリーを他者との対話の中で描いていくがポイントです。
就労支援セミナーや模擬面接等は、参加者をダメ出しして終わってしまい、せっかく前向きに取り組みたいと思って参加した方々の気持ちを減退させてしまうことが多々あります。したがって、よりエンパワーできる就労支援をめざしていくことが必要であるのではないかと考えます。
以上が「生活困窮者の就労支援」についてのお話ですが、こうした支援のスタンスは何も生活困窮者の方々だけにかぎったことではありません。私が今まで関わってきたひきこもり状態にある若者・障がい者の就労支援にも共通した支援のあり方だと思っています。