高校時代、小田実の本に出会い、「何でもみてやろう」の合言葉・行動に共感し、海外に思いを馳せ世界で活動したいという夢を描いた山田明さん。海外放浪生活中にアメリカで「サービス・ラーニング」と出会い、山田明さんは日本の教育活動でその手法を実践。福岡教育大学大学院の修士論文、九州大学大学院博士論文で「サービス・ラーニング研究」の理論構築を固めます。すでに理論書『サービス・ラーニング研究 高校生の自己形成に資する教育プログラムの導入と基盤整備』(学術出版会)が刊行され、その後、齢15年の歳月を経て、『NIEで町づくり 高校生のサービス・ラーニング』(鳥影社)を刊行します。著書について後に述べますが、山田明さんの教育思想は一貫しており、まったくブレがありません。それは山田明さんの生き方に起因するものと考えます。
教育者・山田明さんは福岡教育大学で「教育の目的」と題した教育学講義を行っています。山田明さんは講義の教科書の冒頭でこう言っています。
「教育は、子どもを通じて新しい時代をつくりだす営みである。その営みには、どのような成果を求めるか、どのような教育を目指すか、換言すれば、どんな目的を設定するかが問われることになる。それは、教育する側が、将来にわたってどんな社会を描くかにもかかわっている。」
山田明さんは、今、教育に問われていることは、教育現象から子どもたちの実態を捉え、処方箋を描くことだとします。「教育事情の把握」からはじめ、その分析を通して、教育の目的を設定するということです。山田明さんは、「教育の目的」をあらためて問い直すために、著書や大学の講義の中でその作業を丁寧に行っています。
では、山田明さんがなぜあらためて「教育の目的」を問い直すのか。それは現代教育の目指す方向性が見通しのない社会・経済状況下で揺らいでいるからであり、混迷する社会の中で教育がどこへ向かって進んでいるのかわからなくなってきていると考えるからです。そうした状況下で、山田明さんは、教育に何ができ、子どもたちにどのような生きる力や生き抜く力を身に付けさせることができるかをあらためて問い直すのです。かつて山田明さんは「教育の目的」を「生きる力」というキーワードで説明されましたが、山田明さんの言われる「生きる力」とは、「生き抜く力」であり、課題を解決するために、「みんなを巻き込む力」「その出会いを生む力」のことを意味します。つまり、山田明さんは「生き抜く力」「みんなを巻き込む力」「その出会いを生む力」を育むために、様々な教育実践や理論構築をされてきたと言えるのではないでしょうか。
理論書『サービス・ラーニング研究』では「高校生の自己形成を基盤とした自立の課題」について詳細に分析させています。山田さんの実感として現代の高校生は自信を持っておらず、「自尊感情」を獲得していない、あるいは育っていないと言い、そこに高校教育の根本的な課題があるとします。そのことによって、「学校生活や社会生活でも消極的かつ逃避的にならざるを得ない」と言います。山田明さんの理論・実践基盤のキーワードは「自尊感情」です。山田明さんは子どもたちとのかかわりを通して、高校生の「自己肯定感の低さ」に注目しているわけです。
かつて私は経済的に困窮した家庭で育ってきた生徒、不登校生徒、学業不振の問題を抱えた生徒、問題行動を起こす生徒、ひきこもり状態にある若者や生活困窮者、障がいのある方と接してきましたが、その多くの方々が自尊感情を傷つけられながら生きざるを得ない状況に追いやられていました。だからこそ、安心と信頼に満ちた人間関係を築くことができないばかりか、心の拠り所すら見いだせず、生きづらさや働きにくさを抱えているのだと思います。社会関係・人間関係から排除され、自尊感情も傷つけられていました。社会的孤立は生きる力を失います。こうした人々が元気を取り戻していくには、人から大切にされる経験を持つこと、安心・安全な場所から人とつながり合える場を持つこと、自分が社会の役に立っているという充実感を持つことだと思うのです。
山田明さんは教育の現場、私は福祉の現場ですが、当事者の方々が「自尊感情」を傷つけられているという同じ認識を持っています。私が山田明さんの教育思想・教育実践に意義を見出しているのは、人が人として生きるための基盤となる「自尊感情」をいかに獲得していくかという問題意識にあるからです。(続く)