正会員・佐藤信行さん
高齢者グループホーム支援員
社会福祉士・介護福祉士
私は、これまで縁あって障がい者福祉と高齢者福祉に関わって参りましたが、現場で一つの法則を発見しました。それは[利用者への規制と事故率は反比例する]ことです。
ある、認知症高齢者グループホームの出来事です。誕生日のお祝いに食べたいものを尋ねたら、[寿司屋で軍艦巻きを食べたい]とご本人(女性)がリクエストされました。丁度、グループホームの近くに寿司系のファミレスがあるので、そこで誕生日を皆でお祝いすることになりました。ご本人は握り寿司を注文して、ニコニコ顔で大好きな軍艦巻きを口一杯に頬張りました。他の利用者さんも、久しぶりのお寿司を美味しく味わい楽しい時間を過ごしていました。
その時です、ご本人がケッケッと咳き込みました。お寿司が喉につかえた様子です。直ぐに職員が誤嚥の対処をして、その場は収まりました。ご本人がお疲れの様子だったのでパーティーはお開きにして、皆でグループホームに帰りました。帰って暫くすると、さっきまで元気だったご本人がリビングでぐったりして、職員が確かめると呼吸をしていません。直ぐに救急車を手配して病院へ搬送しましが、間もなく病院で息を引き取りました。
原因は、パーティーで食べたお寿司の海苔の断片が喉に貼り付いて呼吸を妨げていたためでした。職員は立ち直れない程のショックを受けました。グループホームは数日間深い悲しみに包まれました。
高齢者施設では、海苔を食事に出すことは禁忌事項です。故に、事故を防ごうと思えば、ご本人から、[軍艦巻きを食べたい]とリクエストされた時点で断れば、事故は間違いなく回避できました。その程度のことは職員も充分承知のはずです。職員は、敢えてご本人のリクエストを受けました。なぜならば、食べたいものを食べる自由を保障したかったからです。
残念ながら善意の行いが裏目に出ることはあります。事故を起こしてしまったことは、非情でありますが全面的にグループホーム職員が責めを負わねばなりません。それが介護業界の掟です。事故を防ぐならば、その方法は簡単です。即ち、規制をかけることです。[これはダメ、あれもダメ、危険ですからそれも止めましょう]と、職員が先回りして利用者のやりたいことに規制をかければ事故の発生を抑えることができます。
しかし、安全の代償に、自由を奪われた環境に身を置くことを人は幸せと感じるのでしょうか?
幸福の尺度は人それぞれです。十把一絡げに当てはめることはできません。自由を奪われた環境でも、一日でも長く生きることを良しとする人もいるでしょう。逆もまた然りです。それは、本人が決めることです。でも、安全に関わることは、施設に入所されている利用者に自己選択、自己決定の権利はありません。
私は、[軍艦巻きを食べたい]とリクエストした利用者さんの希望を、リスクを負って受けとめた職員の姿勢(マインドセット)を前向きに評価したいと思います。このケースは結果、凶と出てしまいましたが、私たち介護者が実践の度に、[規制と事故率は反比例する。同時に、規制と幸福度も反比例する]法則を常に意識して、利用者さんの人生の質(クオリティー オブ ライフ)とは何かを問い続けることが、彼女の尊い犠牲に報いることと考えます。
合掌