社会福祉士 佐藤 信行
1868年 慶應四年 明治元年。巷では今年2018年は明治維新から150周年と騒がれています。明治元年から遡ること10年前の1858年 安政五年に、学問の大切さを説いた男が江戸市中に私塾を興しました。黒船浦賀来航5年後のことです。
それから100年後の1958年 昭和33年に上総の国から青雲の志を抱き上京した一人の男が、私塾に入塾しました。彼は東京で学生時代に知り合った、雪深い奥州から上京した一人のキリスト者の女性と知り合い、東京五輪の1964年に結婚しました。二人は私の両親です。
私は、父母や祖父母の期待をことごとく裏切り、学問嫌いの放蕩息子でした。
今年2018年盛夏に父は熱中症で救急搬送され一命をとりとめましたが、慢性硬膜下血腫の血腫が増大し、初秋より介護施設にて「看とり」の段階に入りました。「看とりとは、無理な延命をせずに安らかに自然に逝く介護」です。看とりの直前に父がティッシュペーパーに書いた、メモが枕元の小机から見つかりました。小机にはノートや紙類があったのに何故かティッシュペーパーに書いてありました。父は右麻痺故に、ものを書く時は左手を用います。その時に、利き手でない手でも筆跡できるように父は「0.9㎜極太芯で2Bのシャープペンシル」を愛用していました。父は右麻痺になってから、文字を自在に書くために0.9㎜で2Bのシャープペンシルに辿り着くまで、努力して数々の筆記具を試しました。もし、0.5㎜でHBのシャープペンシルを使用していたら柔らかなティッシュペーパーに文字を書くことは出来なかったと思います。しかしティッシュペーパーに書かれた文字は私には判読不能で、困り果てた私は書籍に詳しい盟友山田育男氏に写メを送り鑑定を依頼しました。山田氏の鑑定によりティッシュペーパーに書かれた文字が判明しました。
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手の届く範囲にノートや紙類があったのにティッシュペーパーに書いたのは、認知認識能力が急速に下降(血腫が増大)していた過程に書いたものと推測します。介護施設では新聞を自費購入していたので、二冊の書籍の情報は新聞の下段広告から得たものと推測します。病床にて、枕元にあったティッシュペーパーを掴み、震える手で懸命に、隻眼弱視で3.5倍の拡大鏡を覗きながら、ーパーを掴一文字一文字新聞から書き写していた父の姿が、私には目に浮かびます。書き写し終えた時に父の意識は徐々に遠退いていったものと思います。
父が読みたかった本のテーマは、憲法と9条。若き頃法曹界で活躍する志を抱き上京した父が、齢80となり憂いていることは「黒船の来ない幕末と揶揄されている」この国のあり方、憲法と9条です。
一人の男が満身創痍となりながらも見せた覇気に私は圧倒されました。彼は二冊の書籍を読みたかったのか?あるいは誰かに読ませたかったのか?今となってはわかりません。しかし、常に学問の大切さを説いていた父は、身をもって「人はどのような環境に身を置いても、学ぶ気持ちがあれば、学び続けることができる」と、私に教えてくれました。
信行は貴方を心から尊敬します。ありがとうお父さん。