リアルとは何か？(認知症高齢者介護の現場から)

 

 

リアルとは何か？(認知症高齢者介護の現場から）

 

社会福祉士　佐藤　信行

 

「非常呼集か！」
「敵の機甲部隊は、友軍の砲撃で撃退しました。この陣地は友軍の射程内です。朝まで安心しておやすみ下さい。」
「おー。ここは安全だな。不寝番ご苦労である。」

　この会話は、ドラマの台詞ではありません。私が勤務している認知症高齢者グループホームでの入居者A様と夜勤職員（私）との会話です。入居者Ａ様は満州へ出征し最前線の守備隊に配属され、多くの仲間を失い戦地から帰還された方です。Ａ様は穏やかな方です。しかし、時折戦時中の記憶が甦るのか不穏な気持ちになります。特に夜間就寝中に居室から血相を変えて、夜勤職員の方へ杖で床を激しく突きながら向かって来ます。そして「非常呼集か！」と尋ねるのです。普通に考えればＡ様の妄想・幻覚・作話と捉えると思います。夜勤職員が、この様な場面に遭遇した時にどの様な対応をするかは、それぞれの職員に任されていますので個々の判断で「言葉かけ」をします。大抵の職員の場合「夢でも見たのでしょうから、気にしないで寝てください。」との言葉かけとなります。理由は、Ａ様の話は妄想(非現実的)と捉えられるからです。しかし「非常呼集か！」はA様にとって主観的事実（現実）なのです。

　インターネット空間で構築した人間関係の仲間同士が、例えば喫茶店で集う機会を設けた時その集いを「オフ(ＯＦＦ)会」と称するそうです。オフとは現実(ＯＮ)に対する概念です。つまり彼らにとってインターネット空間こそが(ＯＮ)現実であり、実社会での喫茶店での集いは(ＯＦＦ)仮想現実なのです。インターネット空間で生きる自分こそがリアルな自分なのです。では、この様な彼らの考え方を否定できるでしょうか？

現実とは何でしょう？リアルとは何でしょう？仮にリアルを客観的事実とするならば、客観的事実と主観的事実に差異がある場合どちらがリアルなのでしょうか？私たちが捉えている客観的事実とは本当にリアルなのでしょうか？客観的事実は何を根拠にリアルと言えるのでしょうか？誰がリアルであることを保証できるのでしょうか？仮に客観的事実をリアルであると保証できる者がいたとして、その者の存在を保証できる者はいるのでしょうか？同時に、戦時下の記憶の中で「非常呼集か？」と叫んだり、インターネット空間をリアルと捉える主観的事実を妄想虚構として否定できるのでしょうか？

　リアルとは何か？その解は、主観的事実と客観的事実を比較した場合、双方は正否の関係ではなく、且つ主観的事実が客観的事実に従うのでもなく『個人の認知認識が現象に従うのではなく、現象が個人の認知認識に従うと捉える大胆な発想の転換が必要である』と。真に心得るべきは、本人にとってリアルであることを何人たりとも否定できないことです。そして、この原理は認知症高齢者の介護にも有効です。

　Ａ中尉「非常呼集か！」
　佐藤軍曹「敵の機甲部隊は、友軍の砲撃で撃破しました。この陣地は友軍の射程内です。朝まで安心しておやすみ下さい。」
　Ａ中尉「おー。ここは安全だな。不寝番ご苦労である。」
佐藤軍曹　敬礼！

　その後、Ａ様は朝まで鼾をかいて寝ておられました。