アイビーとデニム

アイビーとデニム

社会福祉士　佐藤　信行

「コスプレかと思っちゃいましたよ！本気っすか！」

　職場の親睦会にデニムのセットアップで登場したら、二周り程年下の同僚が僕に言ったセリフです。やはり、ツィードのジャケットにしておけばよかったと後悔しましたが後の祭りです。

　僕は、子供の頃映画で観たカッコいいアメリカ人に影響を受け、学生時代はウェスタンブーツとデニムのセットアップが最高のお洒落と信じ、その異様なドレスコードで吉祥寺の街を闊歩していた田舎者でした。そんな僕が、恋心を抱いたキャンパスのマドンナは「チェックのタイトスカートに紺のブレザー」を纏ったお嬢様で、僕はその時初めて僕の知らないもう一つのアメリカ文化アイビーを知りました。当然、彼女の知的な会話は僕には理解できず、僕の想いはバブル崩壊とともに儚く消えたのでした。

アメリカを理解する時に大切なことは、アメリカの中には二つのアメリカがあることです。一つは、ワシントンポストとニューヨークタイムズを読みCNNを視聴する東部エスタブリッシュメントと呼ばれる富裕層。もう一つは、中西部に多く住む、贅沢ではないが安定した暮らし、州には人口の３倍の銃器があり、敬虔なキリスト教徒である独立自営農民・労働者たちです。ざっくりと言ってしまえば今のアメリカ国内の分断は、前者と後者の対立と表現できるかもしれません。前政権時代に、非白色人種の権利向上の様々な政策が実行されました。その結果、白色人種に男性)ブルーカラー層の社会的地位が後退してしまったと後者の人たちが考え、彼らの声なき声(サイレント・マジョリティー)が顕在化したのが先の大統領選挙です。

　僕の好きなドンパチ刑事物ハリウッド映画(例えばダイハード、リーサルウェポン)の主人公たちは、デニムを履きタフで破天荒な役柄で、違法行為も厭わずに悪を成敗します。これに対して、彼の無軌道ぶりを諌めたり批判する役柄でＦＢＩ(連邦捜査局)捜査官が登場し、捜査方針で主人公と対立します。たいてい映画の中のＦＢＩ捜査官は、高価なスーツに身を包み、インテリで嫌みったらしく、主人公を見下す嫌われ者キャラクターを演じ、ドラマの途中で間抜けな理由で殉職します。そして、主人公が巨悪を倒してハッピーエンドとなります。どうやら、ハリウッド映画にはブルーカラーとエスタブリッシュメントが対立して、最後はブルーカラーが勝利する構図があるようです。また、主人公の上司や、信頼できる相棒には非白色人種の役者がカッコ良く演じてます。これらは全て視聴者に対する配慮です。デニムを履いた主人公は「贅沢ではないが安定した暮らし、敬虔なキリスト教徒である独立自営農民・労働者」の代表で、彼がヒーローを演じることで労働者層の溜飲を下げる効果が映画に込められていると考えます。

　また、敬虔なキリスト教徒である独立自営農民のルーツは、僕たち日本人に馴染みのある例として、テレビドラマ「大草原の小さな家」に出てくるアルバート一家を挙げることができます。アルバートは独立心に富み、家族を愛し、他者に依存することなく、厚手のデニムを履き自らの手で自分たちの生活圏を切り拓いてゆく篤いフロンティアスピリッツを有する人です。

エスタブリッシュメントが誘導した新自由主義経済が、人・もの・金の国境越えを容易にして、自由競争による安価な労働力と安価な生産物がアメリカの独立自営農民と労働者の生活に壊滅的な打撃を与えました。ここに二つのアメリカ社会の対立、アイビーVSデニムの構図が見えます。アメリカを理解するには、この構図を知ることが大切と考えます。ワシントンポストやニューヨークタイムズやＮＮが発信する情報だけでは、アメリカを理解することはできません。もう一つのアメリカ(サイレント・マジョリティー)の声に耳を傾けることが大切です。

　親睦会でデニムのセットアップに駄目だしした同僚は、甘辛ファッション「紅いスカートに襟の丸い白いブラウスのお嬢様アイビーに、米国空軍仕様カーキ色のフライトジャケットＭＡ-１」をカッコよく羽織っていました。服飾文化がアイビーとデニムの融合を可能とするならば、神は分断された社会の救済の鍵も必ず備えておられると僕は信じます。

 「・・デートでリーサルウェポンなんか観ちゃ退かれますよ。マドンナなんて死語っすよ！ビール飲みすぎじゃないすか～」と、彼女はオレンジジュース片手に笑いながら僕をバンバン小突きます・・・

　本日も、西武沿線異常無し。