触法障害者と地域生活支援(連載)
第1回 触法障害者の社会復帰
理事長 山田 育男
8年前、私は「(触法障害者の)社会復帰から地域定着への道を考える」をテーマの連続研究会に参加し、N県の地域生活定着支援センターのIさんの講演「長崎の『入口支援』と『出口支援』~”ミクロ・メゾ・マクロ”的視点での考察~」を聴くことができました。非常に勉強になったので、以下に紹介したいと思います。
Iさんによれば、「地域生活定着支援センター」は「刑務所を出所する帰る場所がない『高齢者』や『障害者』の方が、出所後も生活に困らないでいいように、また罪を犯さず安心して生活できるように、受刑中から支援(コーディネート/フォローアップ)」をしているところです。主な業務は矯正施設(刑務所・少年院)からの「出口支援」です。
厚生労働省社会・援護局総務課による『地域生活定着支援センターの事業及び運営に関する指針』には、以下の3つのことが書かれています。
① 特別調整
矯正施設出所後の帰住予定地がなく、高齢(おおむね65歳以上)であり、又は障害を有しているために福祉支援を必要とする矯正施設入所者への支援
② 一般調整
矯正施設出所後の帰住予定地はあるが、高齢(おおむね65歳以上)であり、又は障害を有しているために福祉支援を必要とする矯正施設入所者への支援
③ 相談支援業務
矯正施設を退所した者(高齢であり、又は障害者)及びその他センターが福祉的な支援を必要とすると認める者について、本人又はその家族、更生保護施設、地方公共団体、福祉事務所等の関係機関からの相談に関する支援など、があります。N県の事例では圧倒的に「特別調整」の方(177名)が多いです。相談支援業務の3分の1が「被疑者・被告人」の方です。
Iさんは長崎定着の実践から見えたこととして、「司法と福祉の”狭間”で置き去りとなってきた社会的弱者」の方がいることに気がつきます。
Iさんはある障害者の事例を紹介しながら、「孤立⇒犯罪⇒排除⇒放置⇒孤立・・・」といった「負の連鎖(スパイラル)という悲劇」が起こっていると言います。信じられるのは家族だけで、社会のつながりが途絶えており、短絡的・刹那的・目先の快のため・生きていくために犯罪をし、出所者・犯罪者は地域から白い目で見られています。行政・福祉・地域からは「問題は以前から感じていたのだけれど・・・」と思っていても放置されています。だからさらに、信じられるのは家族だけで、社会とのつながりがさらに途絶えてしまう、ということです。Iさんは「福祉の支援が届きやすい人だけでなく、本当に必要な人につなげていく」ことの重要性を語っています。多くの方が罰を受けるだけで、福祉につながっていないと言います。
Iさんは高齢者の検挙人員は他の年齢と異なり、増加傾向が著しく、平成24年には平成5年の5.2倍になっていると言います。平成24年の一般刑法検挙人員は287,386名で、そのうち、24,780名が矯正施設に入所。残りの26万人は社会の中に戻っていると言います。これは26万人が社会復帰できず、再犯をし、受刑者になる可能性があることを意味しています。Iさんはさんはこうした「マクロレベルの視点」をおさえたうえで、「官民が一体となり協働できるシステム」としての「ミクロレベルの視点」の大切さを語ります。その例として「自立支援協議会」の役割、「特別弁護人」の存在、また「メゾレベルの視点」として「地域包括ケア会議」の役割を説明されました。
Iさんの講演を踏まえ、パネルディスカッションが行われました。元衆議院議員で、元受刑者の山本譲司さんは「刑務所の一部が福祉の代替の一部になっている」「府中刑務所にいくことがよくあるが、○○刑務所で会った方たちが何度も入っている。『これからどうするの』って聞いたら、『自らここでいい』と。福祉の刑務所化を防がないといけない。だすれば、変わるべきなのは、福祉サイド。人を見て支援していってもらいたい」「福祉につながったことで再犯を100分の1に減らしたと思って、どんと構えてほしい」「触法障害者の方は今まで人に依存したくてもできない環境があった。だからむしろ、かかわっていくことが大切なのではないか」等、山本さんは独特な語り口で、とても示唆に富んだ話をされました。
触法障害者と地域生活支援(連載)
第2回 触法障害者と地域社会
理事長 山田 育男
触法障害者の社会復帰について関心があり、國學院大學専任講師の安田恵美さんの「刑事司法にのせられた人の社会参加を支える地域資源の現状と課題」という講演を聴きに行きました。以下に、その講演の内容を整理したいと思っています。
安田さんの講演では、刑事司法にのせられる方がどのような方が多いのか、そうした方を支える理念はどういうものがあるのか、一般社団法人よりそいネットおおさかで調査した特徴的な入口支援・出口支援とはどのような課題があるか、などを話されました。
犯罪をする方にとって刑務所は「最後のセーフティネット」という位置づけがあると言います。では、その受刑者の実態はどういう方々がいるのかというと、受刑者の5人に1人が65歳以上の高齢者、(おそらく)10人に1人が精神・知的等に障害を有する方々だと言います。平成20年版犯罪白書によれば、犯罪の動機・原因の圧倒的に多いのは「生活困窮を動機とする窃盗の高齢累犯者」だと言うことです。経済的困窮の不安を抱える男性は51.8%、女性は40.7%、ホームレスは27.7%です。高齢受刑者の特徴は非高齢受刑者よりも刑務所に入った回数が多く、単身かつ親族と連絡がない者の割合が多いと言い、頼れるところ・人がいないということです。無職者、収入なしあるいは生活保護受給者の割合も多いです。安田さんはこの傾向は前科前歴がある者において強くあらわれていると言います。
平成26年法務総合研究所研究部報告の「知的障害を有する受刑者に関する調査」(以下はよりそい調査と略す)によれば、その他の受刑者と比較し、未婚者、生活保護受給者、無職者の割合が高く、教育の程度は低い(中卒が多い)という傾向が出ました。また、ここで言う「生活困窮」とは、頼ることができる人・機関がない、職に就くことが難しい、コミュニケーションが不得意、という要素が強いことを意味し、たんなる経済的困窮を意味していません。
安田さんは、「生活困窮⇒犯罪⇒刑務所」という負のスパイラルを抜け出すためには、「社会的排除ゆえの犯罪⇒社会参加⇒社会復帰」という道筋があると言いますが、安田さんは「社会復帰」よりも「社会参加」を重視します。ここでの「社会参加」とは「社会を広げる・入れる」という意味で使っています。入口支援は「防御権保障に向けた支援」と「ダイバージョンに向けた支援」の2つあると言い、後者は「引き受けてくれるところ・人があるよ」ということ、つまり「出口」です。ここでいう「出口」とは、居場所(住む場所)と出番(仕事)を確保するための支援のことです。安田さんは居場所と出番というとき、それが本当に「住居」や「仕事」だけなのかという疑問を付されていました。
入口支援では、新長崎モデル、滋賀における少年鑑別所と連携、定着支援センターによる相談支援事業としての入口支援、弁護士+福祉機関(埼玉弁護士会社会復帰支援委託援助制度・ほっとぽっと)の取り組みをあげました。出口支援では、環境調整にかわる諸機関、更生保護施設で行っている支援、定着支援センターが行っている支援について説明。
安田さんは「大阪府地域生活定着支援センター」が様々な支援団体が集まって出来上がり、一般社団法人化した団体であると説明。ここでは、「住居・生保のみ」の方はサポートせず、福祉的な専門の見立てが必要な場合のみサポートすることになっていると言います。
ここでの入口支援・出口支援における課題は、アセスメント・調整する時間が限られている、入口支援をサポートする福祉機関・支援者として何をすればよいのかわからない、釈放が未確定なまま調整しなくてはならないため、引き受けてもらえる施設等を探すことが困難、当該被疑者・被告人福祉ニーズに気づかなければ支援ができない、等をあげていました。
安田さんは、支援する側は「社会参加をいかに促進するか」ということが大切だとし、そのためには、「本人が必要としていること、してもらいたい支援、社会復帰のイメージをどう考えられるか」が重要だと話されました。つまり、「本人がどうしたいのか、どう社会参加したいのか」とし、「私たちは専門家ではなく、当事者が中心とするかかわりこそ大切なのではないか」とお話して講演を終えました。
触法障害者と地域生活支援(連載)
第3回 山本譲司『累犯障害者』を読む
理事長 山田 育男
一般刑務所の「寮内工場」と呼ばれる場所
2001年6月、秘書給与詐欺という罪で刑務所に服役した元衆議院議員の山本譲司さんは、栃木県黒羽刑務所に入所し、その刑務所の「寮内工場」と呼ばれる場所で、刑務官の仕事をサポートする指導補助という役目を命じられます。「寮内工場」には「精神障害者、知的障害者、認知症高齢者、聴覚障害者、視覚障害者、肢体不自由者等」の方々がおり、山本さんは障害を抱える受刑者たちに作業を割り振り、日常生活においてもその介助をする仕事をされていたと言います。山本さんは、障害のある受刑者が医療刑務所ではなく一般刑務所に数多く入所されていることに驚愕します。そのことについて山本さんはすでに『獄窓記』という著書ではじめて取り上げ、障害者福祉の世界に大きな衝撃を与えましたが、『累犯障害者』ではその実態をさらに踏み込んで書かれています。「触法障害者の社会復帰」について考えていく際、多くの示唆を与える必読の書であるのではないかと考え、以下に「下関放火事件」のケースを取り上げて整理したいと思います。
意思疎通をはかることができない受刑者たち
山本さんは障害のある受刑者とたちと積極的にコミュニケーションをとることができようになっていきますが、意思疎通をはかることができない受刑者たちもいたと言います。刑務官たちは「福祉のほうで何とか支えられなかったのだろうか」と障害のある受刑者たちの処遇に苦慮していたと言います。
山本さんは出所後、障害者福祉施設で支援スタッフとして働きながら、「一体どういう経緯で法を犯すことになってしまったのか」と服役中に疑問に思ったことを考えていくため、罪を犯した障害者たちの周辺を訪ね歩いています。
下関駅放火事件 ~F容疑者の場合~
過去10回にわたって刑務所に服役し、下関駅放火事件の容疑者として逮捕されたFさんは「知能指数66、精神遅滞あり」と判断され、軽度の知的障害者だったと言います。
「私の経験からすると、軽度の知的障害者というのは、人から言われれば身の回りのことはある程度こなせる。しかし、自分で考え、自ら進んで取りかかるということは、なかなかできない。ものごとの善し悪しも、どれほど理解しているか分からない。」
山本さんは「知的障害者がその特質として犯罪を惹起しやすいかというと、決してそうではない」と前置きをしてから、「善悪の判断が定かではないため、たまたま反社会的な行動を起こし検挙された場合も、警察の取り調べや法廷において、自分を守る言葉を口述することができない。反省の言葉もできない。したがって、司法の場での心証は至って悪く、それが酌量に対する逆インセンティブになって」おり、「実刑判決を受ける可能性が高くなる」と言います。F容疑者は福祉と関わる機会がほとんどなかったようで、「障害者手帳」を有したことは一度もなかったそうです。11歳で少年教護院に入り、以後は少年院、矯正施設を出たり入ったりの繰り返し。「塀の外の社会」にいた期間はごくわずかしかなく、「成人して以降の54年間でいえば、その約50年間を塀の中で過ごしている」と言います。
山本さんは山口刑務所を訪れ、Fさんに会いに行きます。Fさんとお話をする中で、山本さんは「快感を得るための放火というような、愉快犯的な要素はないように思う。放火事件を起こさないためには、ただひとつ、社会の中に居場所がありさえすればよかったのだ」とし、「しかし、そこが一番難しい問題なのかもしれない」と述懐しています。Fさんは放火事件を起こす前、北九州市内の市役所を訪ねたけれど、「住所がないと駄目」と相手にされなかったと言います。「区役所の職員がまともな対応をしていたならば、少なくとも下関駅が焼失することはなかっただろう」と書いています。
少年時代、Fさんは父親から凄まじい虐待を受けており、体中が傷だらけ、とりわけ、「胸部から腹部にかけて全面に広がる火傷の跡」が酷くあると言います。父親から燃えたぎる薪を押し付けられていたのです。Fさんはそうした生い立ちを持っている方なのです。
山本さんの知る障害のある受刑者の中には、「貧困だとか悲惨な家庭環境といった様々な悪条件が幾重にも重なることで、不幸にして犯罪に結びついているケースが多い」と述べています。
山本譲司さんは、あるイベントのパネルディスカッションの中で、こんなことを言ったことがあることを覚えています。
「刑務所の一部が福祉の代替の一部になっている。府中刑務所にいくことがよくあるが、○○刑務所で会った方たちが何度も入っている。『これからどうするの』って聞いたら、『自らここでいい』と。福祉の刑務所化を防がないといけない。だすれば、変わるべきなのは、福祉のサイド。人を見て支援していってもらいたい。福祉につながったことで再犯を100分の1に減らしたと思って、どんと構えてほしい。触法障害者の方は今まで人に依存したくてもできない環境があった。だからむしろ、かかわっていくことが大切なのではないか」
以上、山本譲司さんの著書『累犯障害者』の一部を整理しましたが、その他の事例についても驚くべき内容が書かれています。ご興味のある方はお読みいただければ幸いです。
触法障害者と地域生活支援(連載)
第4回 福祉から排除された触法障害者たち
理事長 山田 育男
「人間はちっぽけな存在だ。
流れ星のように、誰かに気づかれることなく生きて消えていく。
ぬくもりを一瞬だけ残して。」
文章の最後をこうして締めくくのは、毎日新聞論説委員・野沢和弘さんの「満月の夜に」です。
短い文章なのですが、とても切なく、心に残る文章でしたので、以下に紹介します。
「おうちに帰りたい、お母さんと暮らしたい」
そう願ってやまない軽度の知的障害を持つ男性。
この男性は、数年前に梅干しの万引きをした罪で刑務所に収監されました。生活保護を受給していたそうですが、お金が底を突きそうになり、「このままでは生活ができなくなる」と思って梅干しに手を出したそうです。
野沢さんによれば、この10年、日本の凶悪犯罪の数は半減しているにもかかわらず、刑務所に収容されている受刑者は減らず、万引き、無銭飲食、放置自転車盗などの「微罪」を犯した軽度の知的障害者や認知症の人たちが多いと言います。
野沢さんは取材を進めていくうちに、「被害者にとっては『微罪』であっても許せない思いはあるだろうが、こうした人々に必要なのは刑罰なのだろうか」という疑問を付しています。
以前に山本譲司さんの『累犯障害者』でも同じ疑問を投げかけていました。
野沢さんはこう言っています。
「彼らの必要なのは刑罰なのだろうか。地域で安心して生活できる福祉サービスや家族・近隣との支え合いのようなものではないのだろうか。そうした発想から制度化されたのが、地域生活定着支援センターである。罪を犯した障害者や高齢者の出所後の生活を支援し再犯を防ぐために、全都道府県に設置された。」
出所した障害者が再び罪を犯さないように、入所施設やグループホームに一時入るケースも多いと言います。
「福祉施設も触法障害者を引き受けるようになった。補助金に加算が付くからでもある。おかしなものだ。窃盗や詐欺を何度もはたらいては刑務所とシャバを行き来する『累犯障害者』のことは以前から問題になっていたが、この制度ができる前には障害者施設は彼らを受け入れようとはしなかった。罪を犯した障害者を福祉から排除していたのである。」
触法障害者が「刑務所とシャバを行き来する」のは、出所後の居場所や社会参加の機会がないからです。つまり、安定した住まいと安心して働き続けられる就労の場が確保されていないため、「行き来」せざるを得ないのです。
その意味において言えば、触法障害者の人たちは、福祉・労働の場から排除され、生きづらさ・働きにくさを抱えたまま、「微罪」を繰り返すしかないのです。
ここで重要なことは、住まいだけがあっても、あるいは働く場だけがあってもダメなのです。「住まいと就労」を込みで考えていく支援のあり方が問われています。もちろん、ここで言う働く場には、当事者の方が出番を感じられるかが大切です。
福祉の世界では、いまだどちらか一方の支援でしかないような気がしています。
野沢さんの文章で紹介されている軽度の知的障害者の方の願いは、「おうちに帰りたい、お母さんと暮らしたい」でした。
男性のふるさとの市役所から福祉職員たちが母親の住む家を訪れます。ゴミ屋敷のような部屋に、母親はだれも入れようとはせず、反抗的な態度を崩さなかったと言います。
福祉職員たちはあきらめず通い続け、母親は心を開いてくれたようですが、その頃、体調を崩して入院されていたその男性は、息を引き取ってしまいます。出所予定の前日だったと言います。
「人間はちっぽけな存在だ。
流れ星のように、誰かに気づかれることなく生きて消えていく。
ぬくもりを一瞬だけ残して。」
とても切ない話ですね。
野沢さんの文章を読み、あらためて「触法障害者の地域生活支援」の重要性を感じました。