連載小説第1回『郵便配達人』
山田 育男
君が君の業務を全うしないなんて、怠慢だ。
君は郵便配達人のはずだ。郵便配達人である君がいなければいっこうに手紙は受取人に届かない。届くことのない手紙は、もはや手紙ですらない。郵便配達人は手紙の差出人と受取人の媒介者だからだ。手紙の差出人と受取人との関係は、郵便配達人によってつくられる。にもかかわらず、君は、郵便配達人みずからの役割を放棄しようとしているのだ。それは君がたんに郵便局を退職しようとしていることを意味しない。郵便配達人の代わりなどいくらでもいるからな。そうではなく、君は、郵便配達人みずからの役割を知りつつも、その役割を逃れようとしている、ということなのだ。とはいえ、君が郵便配達人みずからの役割を故意に逃れるといっても、たんに一日に届けなければならない郵便物を受取人に届けない、ということではない。かつて郵便配達人の怠慢から郵便物すべてをドブに捨ててしまった事件が三面記事に載っていたけれど、君は決してそういうことはしない人だ。君にだってモラルというものがあるからね。でも、君がこれからしようとしていることがモラルに反しないかどうは別問題だ。
では、君はいったい何を企んでいるのだろう?
そう、君は、みずから配達するある人の一通の葉書を抜き出し、盗み読みをする、ということだ。それは、企みというより、覗き見主義的な好奇心といってもいいかもしれない。君がやろうとしていることはある意味で犯罪であるのだけれど、読みたいという欲求が良心の呵責にまさって、悪戯好きな子どもが親に怒られたってそうしてしまうように、君は他人の葉書を読もうとしているわけだ。もちろん、葉書を取り出し、宛名を見ようとしたけれど、たまたま葉書の本文を読んでしまって、ある男が好きな女に送ったラブレターだと感じ、ついつい勢いで読んでしまうことだってあるだろうし、読んだからといって人に話すわけではないんだから読んだっていいじゃないかという気軽さで葉書の内容を楽しんでしまうことは郵便配達人なら一度は経験があるだろうが、君はもっと確信犯的な試みをしようと思っているわけだ。たまたまなんかではなく、君の自由意思で他人の葉書を読もうとしているわけだから、話は別なのだ。
まあそれだって許せる範囲だとしよう。けれども、君は誰ともわからぬ人の葉書を盗み読みし、差出人と受取人の関係を追跡しようと企んでいるのだ。これは警察が容疑者を尾行することとはまったく違う。もはやストーカー行為と同じだ。もちろん、君はストーカー行為と追跡の違いについて滔々と説明する自信はあるかもしれない。でも、さらに君がしようとしていることは追跡の後だ。君が本当にしたいことはその後の企みなわけで、それは許される範囲をはるかに超えている。君は葉書に書かれた内容を先に読み、葉書の内容を書き直し、別の物語を設定しようと企んでいるのだ。差出人の思いを意図的に歪め、受取人を揺さぶろうと考えているわけだから、これは黙っておけない。たとえば、それは、あなたのお孫さんが今ブラックな消費者金融にお金を巻き上げられていて早いところ振り込まなければ数百万円騙しとられてしまうから何とかとしなければいけません、すぐに銀行口座を凍結して阻止したいと思っています、そのためにはお孫さんの口座番号を教えてもらえませんか、とオレオレ詐欺師がお年寄りに電話をかけるやり方に似てなくもない。もちろん、君の企みはオレオレ詐欺とは質を異にしているが、そのやり口は似ていると言っていい。
君の趣味は絵葉書を収集することだった。旅先から投函された絵葉書を読むことが好きで、配達前に絵葉書だけを取り出し、君はいつも絵葉書を一読してから受取人の郵便ポストに入れていたね。旅先から書かれた絵葉書の文章は差出人の心温まる思いでいっぱいだ。それはやさしさに包まれている。旅先で感じた自分の気持ちを自分の心の中だけで仕舞わずに、伝えたい特定の相手を選んで自分の気持ちを届ける、そんな絵葉書を読むことは、ただたんに郵便物を届けるだけの君のつまらない仕事に一時の安らぎを与えてくれたのも事実だね。自分がいなければ差出人の思いは伝わらない、そう思うことは君にとっての優越感でもあったはずだ。でも君のそうした純粋な気持ちに変化が起きたのはいつからだっただろうか。差出人の心温まる気持ちを蔑にし、君は人の気持ちに占有しようとする郵便配達人になった。つまり君は君が気に入った絵葉書だけをこっそり盗み、自宅のファイルに収集しはじめたのだ。その事実を知っているのは、そう、わたしだけだ。(続く)
※『郵便配達人』は、2015年10月19日に脱稿した小説です。文芸雑誌『群像新人賞』に応募して、第一選考は通過しました。金井美恵子の『プラトン的恋愛』や後藤明生『謎の手紙をめぐる数通の手紙』を読み、衝撃を受けて久しぶりに小説を書き上げました。その時のタイトルは『書かれない手紙』でしたが、書き直しをしている最中に、ジャック・ラカンの『エクリ』を読んで全面的に書き直そうと決意し、2週間で書き終えました。今まで書いた自作の小説の中で、最も好きな作品です。連載小説『筒抜け』とも関連するところが多いので、『郵便配達人』は第一部作、『筒抜け』は第二部作という位置づけをしています。読んでいただければ幸いです。
連載小説第2回『郵便配達人』
山田 育男
実は、わたしは君が仕事のために自宅から出た後、君がこっそり絵葉書を盗むように、わたしは君の自宅に忍び寄り、君が収集した絵葉書のコレクションをこっそりと拝見した。几帳面に絵葉書の分類までされ、あたかも君が旅行先で撮った思い出のスナップ写真を時系列にアルバムに収めるように、君は几帳面に盗んだ絵葉書を整理されていたね。最初はアトランダムに収めていたようだったが、何度も同じ差出人から送られてきた絵葉書を見つける中で、君は特定の人の絵葉書ばかり集めるようになり、その差出人がどんな人か関心を持ち、絵葉書以外の葉書や手紙まで収集しはじめたところから、君の収集の目的が変質したことは確かだ。絵葉書を収集するだけならばともかく、絵葉書の内容、差出人に関心をズラし、挙句の果ては差出人の行動まで追跡しようとは。当時、わたしは君の行為に目を疑ったものだ。
君はもう絵葉書の収集家ではない。絵葉書を集めることに満足できず、絵葉書の差出人に関心を寄せたのだ。だから、君の行為は特定の差出人と受取人以外には何事もなく、やり過ごすことができた。郵便配達人としての役割を九割九分九厘果たしていたわけだから、完全犯罪とまではいかないにせよ、多くの人たちから君は郵便配達人として疑われる存在ではなかったはずだ。しかし、君は、特定の差出人だけの葉書や手紙すべてを盗み、保管し、収集したのだ。いや、それだけにとどまらなかったことが大問題なのだ。
もちろん、いつも届けられていた郵便物が届かなくなったことに差出人も受取人も気がつきはじめていたことも事実だね。受取人はいままで頻繁に届けられていた郵便物がぱったり途絶えてしまったものだから、あの人どうしたんだろうか、風邪でもひいてしまったのではないか、病気で倒れてしまったのではないか、いやいややっと仕事が見つかって忙しいのだろうか、などと考え、差出人に携帯電話一本入れてみると差出人はピンピンしている。これはおかしいなと思って、最近、葉書や手紙をくれないわね、受取人は差出人にさりげなく聴いてみると、何をいっているんだよきみは、ほぼ毎日きみの家に葉書や手紙を送り続けているよ、と差出人から返ってくるので、これはおかしいと感じた受取人は、そうなんだ、あのね、最近、あなたからの手紙が届かなくなったら心配しちゃって、と受取人は応える、えっ、そんなはずはない、ちゃんときみ宛に毎日送っているよ、携帯電話できみの声を確認するのも好きだけれど、おれの気持ちを言葉にしたためて手紙を送ればしっかりとおれの言葉が残るし、きみもまた何度も何度も読み返してみたりできるよね、おれと直接話さなくても、きみはいつでもおれの言葉を通して、おれとつながっていられるから、だから毎日手紙や葉書を送っているんじゃないか、と差出人の彼は言うわけだ。こんな会話も差出人の愛の告白であることには間違いないが、肝心なのは、君は本来、差出人と受取人のキューピット役であるはずなのにその役割を意図的に放棄したという事実なのだ。差出人と受取人の間の気持ちを蔑ろにし、差出人と受取人の関係を引き裂こうとしている。これは許されない行為ではないか。
いやいやまだまだこれは序の口。手紙や葉書が届かなければ、差出人と受取人は携帯電話でお互いの存在を確認しあえばよいわけだから、また別の愛の確認方法をお互いが考えれば済むはず。そうした確認方法を二人で考えることが二人にとっての楽しみでもあるわけだ。わたしが言いたいのは、君が一時的に届けなくなった手紙や葉書を細工して届けようと企んだことが許せないということだ。受取人にとって差出人の手紙や葉書が届き、いつものように差出人の気持ちを受け取る。けれども、差出人の言葉を君が書き直し、本来の文章を歪め、差出人のメッセージとは異なるメッセージを受取人が読むことによって、メッセージの意味内容をズラし、誤解を生ませようとした。これこそ、犯罪行為なのだ。
でも、君の好奇心はさらにエスカレートした。二人の関係に誤解が生じたかどうか、君は一部始終追跡しはじめ、誤解が生じていることを確認するやにんまりとした笑みを浮かべて楽しむことを喜びにしていった。それはもうアディクションと言ってもいいね。
もちろん、君の悪趣味は差出人と受取人の日常を良い意味で揺さぶったこともまた事実だ。惰性になりつつある男女の関係に新鮮味を与え、二人の絆が離れがたい関係になった。つまり、自分たちの関係を脅かす誰かが出現することによって、日常世界を変化させ、新しい出会いのドラマツルギーを生んだのだ。これはたんなる君の覗き見主義的な好奇心では説明できない効果を持っている。しかし、それはあくまで結果にすぎない。当事者である差出人と受取人にとって、自分たちの世界が誰かに監視されているわけだから、びくびくしながら生活していたのだ。(続く)
連載小説第3回『郵便配達人』
山田 育男
君は差出人の手紙を無断で封を切り、文章を読み、二人のデートの待ち合わせ時間を書き換えることからはじめた。最初の何回かはバレないように、たったの三十分だけ時間をズラしてお互いの出方を覗っていた。男女の関係って、そういうちょっとしたところから関係が崩れていくもの。あなたが九時二十分に新宿のアルタ前に来てっていったんでしょ、三十分も遅刻して、とヒステリックに彼女は彼を追求しはじめたらもう大変、そのデートは一貫して彼女のペースになり、彼は彼女に気を遣うだけならともかく、何から何まで振り回されてしまうわけだから、何のためにデートしに来たのかわからない、彼にとっては指定した待ち合わせ時間が八時五十分だったから彼女が腹を立てている意味がわからない、もちろん、彼も大人、お金にルーズだけれど、そういうところは大人だね、彼女が手紙の文章を読み違えることだってありうると考え、いちいち追求することもなかった、しかしそれが数回続くと、彼も納得がいかなくなる。さらに待ち合わせ場所も書き換えられ、デート不可能な日も起きた、おかしいなあ、おれそんなこと書いたっけ、と彼女に言っても仕方がないから、手紙で待ち合わせ時間と場所を指定することをやめ、携帯メールで送るようになった。そうすれば、送信メールで確認もできるわけだからね。
それに気がついた君は、別な方法で二人を揺さぶる方法を考えた。
そう、君はわたしになりすましたのだ。
わたしの名前を借用し、二人に接近しはじめたね。わたしの名前をどこで知ったのかわからないが、君は郵便配達人だ。君は毎日多くの郵便物の宛名を見ているからね。その中からアトランダムにわたしの名前を選んだということなのかもしれない。そう、たまたま選んだ、わたしの名前を、だ。そして君はわたしの名前を借用して次のような手紙を彼に書いたね。
本当ならばわたしの正体を明かさず、ずっと今までのようにあなたを尾行し、あなたに手紙を送り続けることも可能でした。あなたがデートでの待ち合わせ時間と場所を勘違いして彼女を怒らせてしまったことを覚えていますか。あれはすべてわたしの仕業なのです。あなたの勘違いではありません。はじめから仕組んだことです。あなたを恨んでいるものではありません。復讐のためにあなたを監視し、あなたの大切な恋人との関係を引き裂いてやろうなどと思っているわけではなく、これはたんなる一瞬のフィクションを味わうために行ったゲームでした。
しかし、この手紙はゲームとは違います。わたしがあなたに手紙を送らなければ、一生涯、あなたはわたしと無関係に生きていったことでしょう。なぜなら、わたしは郵便配達人であって、わたしの役割は手紙を書くことではなく、手紙を送り届けることだからです。もちろん、あなたがわたしの手紙を恬淡と黙殺することもできます。そうだとすれば、たんなる形式的な差出人と受取人との関係で済んでしまいます。しかし、あなたはわたしの手紙が届く以前から、予期せぬわたしの手紙を引き受けるつもりであったことも事実でしょう。わたしはあなたに手紙を書き、現に今あなたがわたしの手紙を読んでいるのは、まずはあなたから仕掛けてきた関係でもあったからです。奇妙だと思うかもしれません。しかし、わたしは、まず、あなたの葉書や手紙を読んでいるという事実です。それから、わたしはあなたに手紙を書いているのです。だからわたしがこうして会ったこともないあなたに手紙を書いているのはまったくの偶然ではなく、必然的な営みでもあるのです。
最初はたしかにゲームのつもりでやっていたことでしたが、考えてみますと、この営みは現在のわたしが未来のあなたに手紙を書くということだと気づいたのです。過去のわたしが現在のあなたに手紙を書くことはできません。と同時に、未来のわたしが現在のあなたに手紙を書くこともできないでしょう。しかし、ここでの話では微妙にわたしとあなたの関係は異なります。わたしがすでに知っているあなたを記述し、記述されたことによって未来のあなたを変化させようと企んでいる未来のわたしが存在します。あなたが今読んでいるわたしの手紙はあなたが読んでいる以前に書かれたものであり、その記述内容も過去のあなたを追認しているだけです。メッセージはそれだけです。奇妙だと思いますが、それだけなのです。
わたしがあなたに手紙を送るという行為は、あなたの時間を微妙に変化させ、あなたの世界を揺さぶります。この手紙の中であなたの行動を記述するということ、過去のあなたを追認するということは、あなたはともかくわたしに見られているということです。しかし、今回、わたしがあなたに試みようとすることは、未来のあなたの行動を追認しようということなのです。過去を追認するということはできますが、未来を追認することはできないはずです。とはいえ、たとえば、わたしがあなたに毎日手紙を送り、今日あなたがするかもしれない行動を書き記したら、あなたはどんな行動を取るでしょうか。わたしの記述通りに行動するでしょうか、記述とは逆の行動を取るでしょうか。記述通りであれば未来から現在を追認することになります。しかし、あなたが記述と逆の行動を取った場合、未来から現在を追認しないことになるでしょうか。あなたが指示通りに行動しないということがわたしの想定内だとすれば、わたしはあなたが行動するかもしれない可能性を予期しているわけです。それも未来から現在を追認したことにならないでしょうか。それがわたしからあなたへ向けた問題提起なのです。(続く)
連載小説第4回『郵便配達人』
山田 育男
かつてわたしは「ある男に見知らぬ差出人から毎日手紙が届き、それによって次第に人生が変わっていく」という外国の小説を読んだことがあります。たしかその小説をモチーフに書簡演劇を試みた劇作家もいますね。あなたはご存知でしょうか。アパート暮らしをしている中年の男のもとに毎日一通の手紙が届きます。差出人と名前と住所は中年の男のもの。中年の男への手紙は男の前日の行動がレポートしてあり、何者かが男の名前を名乗って男を尾行しているのです。一週間までは前日の行動のレポートでしたが、次の日の手紙には、翌日の男の全行動が記してあるのです。今こうしてわたしの手紙を読み進んでいく中で、なにやら同じことが起こっているのではないかと思うかもしれません。でも、わたしの試みはその観点とは異なっています。今はそのことをお伝えしないことにします。いずれわかるでしょうからね。
ところで、先刻の書簡演劇の続きがあります。今度は中年の男とは別の話ですが、「ある日、ある地域の五十世帯」に「あなたの遺失物を預かっております。お返ししますので、印鑑とこの葉書を持参の上、左記に取りにいらして下さい」と書かれた葉書が届きます。その葉書は公園内の所定の場所に集まるための通知です。宛名は「遺失物収容所返却課」です。当然、五十世帯の方々はこのような葉書の内容に身に覚えがないわけですが、遺失物を受け取りに行くと、そこには誰もいません。ただ机といすが陽にあたっているだけなのです。劇作家のノートによれば、「この劇は、通知を受け取ってから、指定の日時に、公園にやってくるまでの受取人の心理の動きを主題としたもの」と書き記してありますが、わたしのあなたに対する手紙はそのような主題から行ったことではありません。もちろん、結果としてあなたの心を弄んでいるように感じるかもしれませんが、わたしの行為は決してそのような理由からではないということだけ、さしあたりあなたにお伝えしておきたいと思います。仮にかつての劇作家の行為とわたしの行為が近似しているからと言って、その意図する内容が同じになることはないのです。その劇が行われた一九七〇年代と、今日とではその受け止められる意味内容もズレしているはずですから。よく考えてみてください。今日の伝達手段の主流は携帯電話・固定電話、電子メールですね。そちらであれば、わたしのメッセージはすぐにあなたに届きます。リアルな感覚であなたの心理を揺さぶりたいのなら、携帯電話・固定電話、電子メールの方がよいでしょう。オレオレ詐欺はその心理をうまく悪用して犯罪を繰り返しているではありませんか。しかし、わたしは手紙という形式であなたに呼び掛けています。わたしのメッセージはあなたに遅れて届くのです。わたしの行為はそうした営みなのであって、決してあなたを驚かせたいという遊び心から仕組んだ手紙ではないのです。ご理解いただければ幸いです。
いずれにせよ、手紙はあくまで差出人の一方的な呼び掛けです。その呼び掛けに応答するかは、あなた次第です。わたしの手紙はすでにあなたに託されたのです。
そんなあなたに拙い私の詩「名付けられた声」を贈りましょう。
うつむいて沈黙する
苦しみぬいたあなたのまなざしから
かすかに震える声が聴こえてくる
蜜柑の皮をむしり取るように
心をこじ開けることもせず
あなたは ただ
痩せこけた掌を
震わせながら
私たちに
差し向けるだけ
あなたの渇きは
いったい何に飢えているのだろうか
いったい私たちに何を
問いかけているのだろうか
無名の声に耳をそばだて
私たちは本当のしじまの意味を
聴き取ろうとする
あなたの渇きは
私たちに何かを語りかける
語ることさえできぬ
傷つけられたあなたの声は
あなたそのものとして
私たちに呼びかける
あなたの呼びかけは
私たちを
無条件に応答するよう要請する
あなたは応ずるべき何ものかだからだ
あなたの呼びかけは
聴き取られることで
はじめて
名付けられる
あなたは威力のある言葉
世界を抉り出す唯一の存在
そんなあなたをもう
私たちは
黙殺することができない
あなたはわたしからの呼び掛けに筆を執るでしょうか。(続く)
連載小説第5回『郵便配達人』
山田 育男
君の言う「かすかに震える声が聴こえてくる」とは誰の声なのだろうか。ここでは「あなた」と読むことができるが、その「あなた」とは誰のことを指しているのだろうか。わたしのことなのだろうか。それとも彼のことなのだろうか。あるいは別の誰かなのだろうか。そして、「あなたの渇き」が「私たち」に呼び掛けてくる、その「私たち」とはいったい誰のことを指すのだろうか。わからないだらけだ。
君は詩の中でこう語り掛ける。「あなたの呼び掛け」は「無条件に応答するよう要請」し、「あなたの呼び掛け」には「応ずるべきなにものかがある」と言う。ある哲学者はこう言う。語ることはそれを何者かに向けてなす以外ではない、と。この何者かが他者ということだとすれば、君がこの詩の中で語ることはどういうことなのだろうか。そもそも語る君の不可欠の条件となる他者が語る君よりも先行しているということはたしかなのかもしれない。
つまり、君はこう言いたいのかい? わたしが書かれない、あるいは書かれつつある手紙に取り掛かることは、君あるいは彼に対して、応答しないことができない事態にある、と。さらに君は最後にこうも言っている。あなたの呼び掛けは聴き取られることによって名付けられ、聴き取られなければその呼び掛けは無名のままである。意味深だ。ある有名な哲学者が「ある言葉が欠けているとき、すなわち名が欠けているとき、いかなるものも存在することはない。言葉がはじめてものに存在を付与する」と言っているくらいだ。君が差し向ける詩はそうしたことを暗示しているのかもしれない。
しかし、正直に言おうか。わたしは、君がいったい何を言いたいのか、わたしにはまだ何もわかっていないのだ。
それよりもずっと気になることがある。それは、君はわたしになりすまし、彼にいったい何を呼び掛けようとしているのか、ということだ。彼に送られた手紙の差出人は君ではない。このわたしだ。これではきみの手紙をわたしが代行していることになってしまうではないか。この手紙の差出人は君でもあり、わたしでもある。それでは先刻の君の詩は誰が彼に語っていることになるだろうか。「私たち」と言いたいところだろうが、その「私たち」は誰かという問いの解答を得られていない。つまり、「私たち」にはこのわたしが想定されているようであるが、それをわたし自身が拒否している。いやいや、君のことだから、貴方が拒否しようがしまいが、手紙なんか、誰が書いたっていいのではないかと言うだろう。ただわたしにはそうはいかない。なぜなら、君はわたしに対して大胆な行動に出たからだ。
そう、君は彼の追跡を放棄した。その代行を私に依頼したのだ。わたしは君ではない。君もわたしではないだろう。わたしは君のことなんか何も知らない。知りたくもない。いいかい、君はわたしが応答しないわけにいかない事態にあることを詩の中で伝えているが、君の呼び掛けを拒否することも一種の応答だということも忘れないでもらいたい。そう、わたしにとって、君は鬱陶しい存在でしかないのだから。
わたしは君のことを知らないばかりか、彼のことだって何も知らない。その彼にどう呼び掛けろというのだろうか。それからというもの、わたしは名前すら知らぬ「彼」のために、手紙を書くハメになってしまっている。君は本当に強引な奴だよ。
今日は貴方にお願いがあって、手紙を書きます。今まで僕は彼に手紙を書いてきましたが、その役目を貴方に代行してもらいたいのです。貴方にしてみれば、君は何を言っているのだと思うかもしれませんね。まったく面識もなく、ましてや名前すら知らぬ相手に手紙を書くほどナンセンスな話はないわけですから。本来なら僕が書く手紙なのでしょうが、書いているうちに僕よりも貴方が彼へ手紙を書いたほうが道理に合うのではないかと思ってね、そう考えたらなんか気分が楽になってきて、貴方に任せることに決めたのです。貴方は僕が奇妙なことを言い出したことに腹を立てて、こう言うかもしれません。道理に合うってどういうことだよ、君が書くべき手紙を君が書くことが道理に合うというもんだ、わたしじゃない、君が書くべきだ、と。しかし、僕ではダメなのです。貴方が彼へ手紙を書くことでしか伝わらない何かが絶対あるはずなのです。彼も何もわたしは彼のことさえ知らない、顔も名前も住所も、性格だって知らないんだ、そんな相手にどんな手紙が書けるっていうんだ、書けるわけがないじゃないか、と貴方はそう切り返したいところでしょうが、だからそのために僕がいるのではないでしょうか。貴方はまだ私の依頼を飲み込めないかもしれません。だったらこうしましょう。貴方が彼へ手紙を書いたらすぐにその文章を僕に手紙で送ってくれませんか。そして、僕は貴方の文章を読ませてもらい、僕なりの考えを書いて送り直しますから。言うなれば、彼への手紙は貴方と僕の合作ですね。手紙の文章はもう僕の言葉ではないし、貴方の言葉ではない、いや、だからこそ僕の言葉でもあるし、貴方の言葉でもあるのかもしれませんね。ただ、貴方の手紙が僕に届かなければどうなるでしょう。手紙が届くのが遅くなればなるほど、手紙は書かれない、いっこうに書かれないのです。貴方は書かれない手紙をいつまでも書き続けるということになるのです。書かれない手紙を書き続けるとはいささか奇妙な言い方かもしれません。書かれないゆえに、書き続けることなんてあり得るのでしょうか。あり得るのです。貴方はそうした袋小路にみずから入ろうとするつもりでしょうか。徒労感でしかない、そんな作業を一か月、半年、一年、いや五年もお付き合いするつもりでしょうか。貴方はそもそも僕とのお付き合いだって御免被りたいはず。であればなおさら、僕との共同作業を受け入れて、書かれない、あるいは書かれつつある手紙を書き終えて、楽になったらいかがでしょうか。(続く)
連載小説第6回『郵便配達人』
山田 育男
わたしは君のおかげで名前も宛名もわからぬ相手に手紙を書くハメになってしまった。具体的な固有名を持たぬ相手に向けて手紙を書くということは、どこかもどかしい。依頼した君から名前すら知らされていないのだから、わたしは、この手紙のなかでどうやって彼を呼び掛けていいのだろうか。彼が実体として見えてこないわけだ。彼は確かな人なのだろうか。わかっていることは、この手紙を書いているのが、わたしだ、ということだけだ。
彼へ手紙を書いているとはいえ、書いた文字はわたしの文字であるはずだ。それは、書いたわたしの文字を読み返してみるだけで確かめられることだけれど、書いたわたしの文章を最初に読むのは彼ではない。わたしの手紙の〈第一の読み手〉はわたしだ。とはいえ、〈第一の読み手〉であるわたしを脅かしている存在が、君だ。〈第二の読み手〉である君が、何度も何度も読み返したわたしの文章を、わたしではない文章につくりかえようとしているのだ。そんなに書き直したらわたしの文章じゃなくなってしまうではないか、わたしの書いた文章の原形すらなくなってしまうほど、君がわたしの文章を書き直そうとしていることにわたしはイライラしてきたのだった。君の文章である必要はない、第一、この手紙は僕の手紙として貴方が書かれる手紙なんだ、彼が僕のことを思い出しながら読まれる手紙なんだから、気にしなくたっていいんだよ、と君は言うけれど、今こうして毎日手紙を書いているわたしはどこへ行ってしまったんだ、君が彼への手紙を郵便ポストに投函するだろうけれど、彼に感情移入しながら言葉に力を込めているのは、このわたしだ、とわたしは苦痛を強いられながらも彼へ手紙を書き続けていくなかで、当初乗る気ではなかった手紙に対する意識がだんだんと変わってきたことに気がつき、驚いたのだった。
わたしは彼へ手紙を書いていくなかで、どうしてもしっくりこないことがあった。それは、彼をどう呼び掛けていくか、ということだった。彼としか知らされていない手紙の相手を、手紙のなかで彼と呼び掛けるわけにはいかない。わたしが手紙の相手を彼と書いてしまえば、読み手である彼は彼ではなくなるだろうし、彼自体、戸惑いを感じるにちがいない。自分が呼び掛けられているにもかかわらず、呼び掛けられている自分が彼なんだから、どう読んだらよいのかさえわからなくなるだろう。だから、わたしにとって彼でしかないとしても、手紙のなかでは彼と書くわけにはいかない。しかし、わたしが勝手に彼の名前をつくれば、彼とは別の人に手紙を書いてしまうことになる。したがって、彼を呼び掛けるには〈あなた〉しかない。〈あなた〉という第二人称であれば、名前もわからぬ彼を身近に呼び掛けることもできるし、実は、わたしが名前も知らないということを誤魔化すことさえできるのだ。これはわたしにとっても好都合だ。
〈あなた〉、わたしは〈あなた〉と手紙のなかで呼び掛けるだけで、チクチクと胸が痛み出しています。存在しているのかもわからぬ存在に呼び掛けるな、呼び掛けるなと思いつつ、わたしは〈あなた〉を呼び掛けてしまうのです。〈あなた〉と呼び掛けることで、実体としての〈あなた〉が浮かびあがるかもしれません。わたしはそう信じながら、〈あなた〉を呼び掛けてしまいます。待ちきれません。いったい、〈あなた〉はいつまでわたしを待たせるのでしょうか。待ちきれない場合は、わたしみずから〈あなた〉のところへ歩いていくしかないのでしょうか。しかし、〈あなた〉を求めることが多くなればなるほど、〈あなた〉を遠ざけてしまうかもしれません。沈黙の苦悩こそ、〈あなた〉を引き合わせるカギとなるでしょうか。書くということは沈黙に値することなのでしょうか。
沈黙は文です。文である以上、書くことが〈あなた〉を消してしまうことなのでしょうか。記憶として刻み込んでいくのでしょうか。〈あなた〉が消されていくということは、いったい、どういうことなのでしょうか。離れ去ることなのでしょうか。それとも、捨てられてしまうことなのでしょうか。いや、それらのどちらでもないのかもしれません。しかし、少なくとも、〈あなた〉を突き放すことだけは間違いありません。かぎりなく〈あなた〉を突き放すことは、かぎりなく〈あなた〉を受け止めることです。とはいえ、〈あなた〉を受け止めるために、どうしても書くという作業が必要なのはどうしてでしょうか。
わたしは〈あなた〉に声を掛けません。ひたすら書き続けます。〈あなた〉へ向けて書き続けるばかりでなく、〈あなた〉自身をも書かなければならなるでしょう。とはいうものの、わたしは一度も〈あなた〉と知り合ったことがないにもかかわらず、おそらく、もうすぐやってくるであろう〈あなた〉との日々を思い出しながら、わたしの世界の海底で黙っている自分がいるということに、わたしはいずれ気が付くでしょう。
存在しているのかもわからぬ存在とはいったい誰のことでしょうか。僕は彼と手紙でのやりとりをしてきました。にもかかわらず、まるで僕と彼が何も知らない関係であるかのように書いています。もう彼とは「赤の他人ではない」のです。これは嘘の手紙ではないですか。僕は貴方の書いた手紙にケチをつけ、デッチ上げの手紙を書いてくれとは言っていません。君は君自身が書くはずの手紙をわたしに書かせておきながら、わたしが書いている手紙が嘘の手紙であると批判する、いったいどういうつもりなんだよと思っているかもしれません。ただこれは僕ではない、他人が書いた手紙になってしまう、と言っているだけにすぎません。僕が書くはずの手紙を貴方が書いているのだから、確かに他人が書いた手紙に間違いないでしょう。僕が書いているのではなく、貴方が書いている、そのことは僕だって承知しているのです。しかし、書いている本人が僕であるとは限らないではないか、貴方はなぜそのことに気がつかないんだ、僕にはさっぱりわからない、という僕の言い方に貴方はもううんざりだと言うかもしれません。彼の名前も性格も、それこそ何のためにこの手紙を書かなければならないのかさえ僕から教えてもらっていないのに、貴方が僕の満足する手紙なんか書けるわけがない、と貴方が思うのも一理ありますから。それじゃ、こうしましょう。彼の名前は貴方がつけてください。貴方が命名した相手が、彼です。これではどうでしょうか。あなたはもっと混乱しますか。それでは彼と別の人にわたしが手紙を書くことになるじゃないか、いったい彼は誰の手紙を読んでいることになるのかさっぱりわからない、と貴方は僕の言い分にあきれはてていることでしょう。何もかも納得がいかないようでしたら、貴方の都合の良い手紙を書き上げて、郵便ポストに投函したらよろしいのではないでしょうか。
あるいは、彼への手紙が書きにくいということでしたら、もう彼に手紙を書かず、どうでしょう、僕に、郵便配達人の僕宛に手紙を書くのはどうでしょうか。彼よりも僕の方が具体的な相手としてイメージしやすいのではないでしょうか。いっそのこと、僕を主人公に小説を書いたらいかがでしょうか。そうした気軽さで書くことに臨んでみると、貴方の心が晴れるかもしれませんよ。(続く)
連載小説第7回『郵便配達人』
山田 育男
どうやら貴方は考えすぎてしまっているようです。
貴方にヒントを与えましょう。僕の手紙のイメージを詩に託して伝えると、以下のようになります。参考にしてください。
「わが根拠よ」
わが根拠よ
なぜきみだけが
宙づりにされたまま眠りゆく
われの心臓部に手をあてて
個の実存へ向かえと
問いかけるのか
ここにしかないわが存在を
今問い生きよと
揺さぶるのか
見開くこともできぬわれの瞼を
力いっぱいこじ開けて
この世界を見よと
語りかけるのか
呻きにしか聴き取れぬ
むきだしのまま投げ出されたわれの声に
耳を傾けるきみは
いったい誰なのだろうか
自己の存在を軽んじて生きようものならば
わが根拠よ
きみは容赦なく
われに己の身体を擦りつけ
今問い生きよと
揺さぶり続けるのか
わが根拠よ
われはいつもきみにつき動かされ
気づかぬうちに
手触りのあるこの世界へと
押しやられてゆく
危機的な生き方のなかからしか
自己を見出すことができぬことを
きみははじめからわかっているのだ
わが根拠よ
きみと向き合うことでしか
今ここに生きる自己を見出し得ない
そんなきみとの出会いが
われには必要なのだ
宙づりの状態でいる現実のわれを
己自身で引き受けて
それでもなお
生々しいきみとの関係性に
応答してゆくことは
われにとって
命がけの飛躍なのだ
きみは その時
やさしくこうつぶやくだろう
今は問いを生きよ
いつの日か
その道のりの果て
気づかぬうちに
あなたは
その答えを
生きているだろう
手紙で呼び掛ける相手が郵便配達人である君になってしまったら、いったい本当の意味で手紙は読まれることになるのだろうか。君は手紙を届ける媒介者だ。その役割以上でも以下でもないはず。にもかかわらず、君は今や手紙の受取人になろうとしている。
郵便配達人である君はもともと他人の葉書を盗み読みする嗜好を持っていた。つまり、君は第一に「読む人」だったわけだ。差出人が本当に読んでもらいたい相手に読まれる前に、手紙を届ける郵便配達人にまず読まれてしまうことだってあり得るかもしれない。彼に手紙を読んでもらうには手紙を届ける媒介者である君を描いていくこと、君を描き切ることが、彼への手紙を書きはじめる。君はあくまでわたしの手紙の書き方に異議申し立てる厳しい編集者、そういう位置づけをして書くことはあり得るのかもしれない。
とすれば、君がわたしに投げかけた詩は、わたし自身の存在証明の根拠とは何かを呼び掛けているのだろうか。わたしの存在そのものは君との関係性を通して、あるいは君からの揺さぶりによって、つねに己を宙づりにする。わたしという存在を投げ出すリスキーな場所とはきみとわたしの間にある。問うのはわたしだけでなく、むしろ君から問われ、その応答性が問われることでわたしという存在を見出そうとする。君という存在の呼び掛けによってわたしという存在が投げ出されるのだ、と。そんなことを言いたいのであろうか。
結局、わたしは彼へ手紙を届けていくための手紙を書く必要があるのであって、そのためには郵便配達人である君へ向けた手紙を書かなければ、彼に一生手紙は届けられないのだ。届けられない手紙はそれ自体、手紙ではない。いや、届けられない手紙であっても一度は誰かに届けられていることが、かろうじて手紙たり得るのだから。
いや、こういう考え方も言えるかもしれない。送らない手紙だってすでに読まれている、そう、自分自身に。かつてそんなことを言った精神分析家もいた気がする。書くことでも送ることでもなく、それを送る意図のないときにメッセージを保存していくという身振りがある。手紙を取っておくことによってわたしはある意味でそれを送っている、わたしは空想のなかの宛先に送っている、絶対的な信頼を込めて。だとしたら、書かれない手紙を書き続けることは可能なのかもしれない?
いやいや、君の言われるまま、君を主人公に小説を書いてみるというのはどうだろうか?
君は彼への手紙を書いてくれと言いながら、そんなことはどうでもよいと言わんばかりに、わたしに小説の提案までするようになってきた。もちろん、あくまでそれは君の提案だ。それを拒むことだってできる。選択権はわたしにあるわけだからね。
わからなくなってきた。結局、君はわたしを混乱させているようだね。それが君の手なのだ。
いずれにせよ、わたしは君から逃れられないということだ。
わたしは君に呼び掛ける。言葉を通して君に。言葉が君を呼び戻す。
わたしは彼を何度も何度も呼び掛けても、彼に触れられない。彼を君と呼び掛け直せば、彼と君とわたしの関係を舫い直してくれるのだろうか。そんな問いをわたしの内部に突き刺し、言葉を呼び覚ましていくしかないのだろうか。彼でもない、あるいは君でもない、言葉の出現のために、わたしは待ち続けるしかないのだろうか。
わたしは彼でも君でもなく、書かれない、あるいは書かれつつある手紙が届くのを待ってみようと思う。書くことは待つことなのかもしれない。待つことこそ、書かれない、あるいは書かれつつある手紙の正体、いや、それがわたしの命懸けの飛躍なのだとしたら。(続く)
連載小説第8回『郵便配達人』
山田 育男
わたしは今、書かれない、あるいは書かれつつある手紙を持っている。君から依頼され、ずっと書き続けてきた未完成でしかないこの手紙を握りしめ、わたしは郵便局の前に立っている。後は君がわたしの手紙を届けてくれるだろう。次は君の出番、すべてはもう君任せ。彼のアパートのポストに君が現れることを祈って。
そう自分に問いかけながらも、本当に投函したわたしの手紙が彼に届くのかどうか、心配でならない。いてもたってもいられない。なぜなら、彼への手紙を届けるのは、君だからだ。君は強引で、怠惰な郵便配達人だからね。いや、すべては君の演技なのかもしれないが。
すでにわたしの手紙を盗み読みし、別な文章に書き直されてしまっているのではないかという心配もある。君はすり替えの名人。リスキーな男だ。だからわたしは君が彼のアパートの郵便ポストに手紙を入れるまで安心できないのだ。
わたしが何をしたいか、君はわたしの心なんてもう読んでいるはずだ。私の心まで盗み読みできる君なのだからね。言ってやろうか。わたしはこれから彼のアパートの郵便ポストに手紙が投函されるかどうかを監視する。たんに待つのではない。積極的に待ち、君が本当に彼に手紙を届けたどうか、この目で確かめるのだ。
君が来なかったらどうするだって? そんな自問をしてみたところで何もはじまらない。来なかったら来なかったで、その手紙を君から取り返すことを考えればいいのだ。
わたしは今、彼のアパートの郵便ポストに手紙が投函されるのを隠れて監視している。監視しているが、待てども君はやって来ない。君はわたしの手紙を奪い取り、盗み読みした挙句、彼に届けることを放棄したのだろうか。いや、そうではない。もうすでに君は彼の手紙を投函しているのかもしれない。そう考えると気持ちが落ち着いてくる。
しばらくすると、彼の郵便ポストの前にある男が立ち止まった。
あいつはいったい誰だ?
ポスティングのアルバイトの男みたいだ。何やら男は彼の郵便ポストに腕を突っ込んでガサガサと中をかき回しているようだった。あれはチラシを中に入れているという動作ではない。何かを漁っているとしかいいようがない。ポスティングのアルバイトの男はポストの中から何かを見つけたようで、パタリと右腕の動作が止まった。男はゆっくりとポストの中のものを取り出すや、素早く後ろを振り返り、近くに人がいないか確認してから、ジャンバーのポケットに強引に「ある物」を押し込んで逃げるように立ち去った。人のポストの中を漁るなんぞ不法侵入だ、泥棒だぞお前は、と私は心の中で叫び、男の後を追った。すると、ポスティングのアルバイトの男は、突然、今まで歩いてきた方向を引き返し、わたしの前に現れた。
「大丈夫です、監視しなくても結構です、俺はちゃんと業務を全うしています、怠慢ではありません、だから俺を尾行する必要はないのです」と男は言った。
「何を言っているんだ、業務を全うするも何も、お前はさっきポケットにある物を入れたじゃないか」とわたしは言い返した。
「ある物?」と男は怪訝そうな表情を浮かべた。
「そうだ、お前のそのジャンバーのポケットの中だ!」とわたしは語気を強めた。
「ああこれですね」と男はジャンバーのポケットからおもむろに封筒を取り出してわたしに渡した。
「シラを切ったって仕方がない、素直に渡せばいいんだ」とわたしは男から封筒を受け取り、手紙の宛名を見た。「なるほど、この手紙はたしかに彼のものだ、間違いない」
「今、読まれますか?」と男はわけのわからないことを言い出すので、
「バカなことを言っちゃいかん、これはわたしの手紙ではない、彼の手紙だ、人の手紙を勝手に開けて読むなんて違法行為だ」と男を叱りつけたのだが、
「封ははじめからしていませんよ」と男は言った。
「封をしてないわけがない」とわたしは言った。「さてはお前、もうその手紙を盗み読みしたんじゃないだろうな」
「盗み読みも何も、その手紙は誰もが読めるように書かれているのですから」
「誰もが読めるだって?」
「そうです」
「そんな手紙なんか、あるか!」
「だから郵便配達人が手紙を届けなかったのではないでしょうか?」
「何を言っているんだ、お前は。現にあそこのポストに手紙が入っていたじゃないか。ポストに入っているということは郵便配達人が入れたわけだろ、それにな、あのポストは、彼のためのポストだ」
「彼って誰ですか?」
「そんな面倒な話、今お前としている時間はない」
「それが説明できなければ、その手紙を貴方に渡すことはできません。返してください」
「何を言っているんだ」
「それは彼の手紙なのでしょう?」
「そうだ」
「だったら、なぜ貴方にその手紙が渡っているのでしょうか?」
たしかに男の言う通りだ。でも、今、彼の手紙をこの男に渡してはならない。
「お前はこの手紙が誰もが読める手紙だと言った、それは今も変わらないか」
「ええ、だから貴方だって読むことができます」
「それはそうだ、わたしはもうすでにこの手紙を読んだんだから」
「読んだ?」
「そう、この手紙はな、わたしが彼に書いた手紙だ。手紙を書いた本人が読むことができない文章なんて、聞いたことがないよ。書き手こそ第一の読み手なんだから」
「貴方が書かれたのですか?」
「そうだ」
「おかしいですね」
「何がおかしい」
「いや、それは貴方が書かれた手紙ではありませんよ」
「なんだって?」
「貴方はさっきからずっと手紙のことばかり言っています。それは手紙ではありません」
「じゃ、何なんだ?」
「詩です」
「詩?」
「そうです、詩が書かれているのです」
「詩が書かれている・・・」
わたしは握っている手紙を見た。はじめから封はしていないようだ。すぐに中に入っている紙を取り出した。私は読みはじめた。(続く)
連載小説最終回『郵便配達人』
山田 育男
「無人駅のホームのベンチであなたは」
無人駅のホームのベンチで
あなたは
何かを待っています
誰かを待っています
いつ来るかもわからない
時刻表すら存在しない
その駅で
あなたは ひとり
何かを待っています
誰かを待っています
いずれ停車するだろう電車から
下車する乗客は
あなたにとって
いったい何でしょうか
いったい誰でしょうか
無人駅のホームのベンチで
あなたは
遭遇することのなかった何かを
あるいは
出会うことのなかった誰かを
待っているのでしょうか
聴くことのできなかった呼びかけを
待っているのでしょうか
しかし
あなたは誰でも良いというわけではありません
一方的に下車する乗客の
一方的な出会いに
あなたの心は振り向きません
あなたの心は ただ
あなたの心と
誰かの心が
いずれ結び直される
時を待っています
いずれ出会い直される
関係を待っています
無人駅のホームのベンチであなたは
誰も下車することのない乗客を
待つことをいといません
あなたは
誰も下車しないことを
さみしがりません
恐れません
あなたは ただ
あなたの思いを通わせることのできる
新しい息吹を待っています
あなたは それまで
ベンチを動きません
あなたを意に介さず
素通りする人々を
待ってはいないのですから
心から歓迎させられる
何か あるいは
誰かを
待つまでは
あなたは きっと
無人駅のホームのベンチから
離れることはないでしょう
あなたは ただ
心から歓迎させられる自分を
用意しているだけなのです
何もかも君の仕業だ。君はそもそもわたしの書いた手紙を必要としていなかったのではないだろうか。彼に手紙を届けようとした君の本来の意図はいったい何なのだろうか。たしかにわたしは「書くことは待つことなのかもしれない。待つことこそ、書かれない、あるいは書かれつつある手紙の正体、いや、それがわたしの命懸けの飛躍なのだとしたら」と書いたけれど、君はわたしの文章を読み、詩という形式を通してわたしの気持ちを伝えたかったのだろうか。君は「待つ」というメッセージを彼に届け、待っている相手が誰かを知らせたかったのだろうか。あるいは君は手紙を書くという行為とはこういうことだとわたしに伝えたかったのだろうか。
わたしにとって君の詩はたんなる創作か、わたしへの批評でしかない。いや、君の語りはいつもわたしに対して一方通行的なのだ。君とわたしとの関係は、君がわたしに接近すればするほど、触れることもなく、その隔たりは大きく広がっていくのだ。そのことを忘れないでもらいたい。
君は君の世界にわたしを呼び込もうとする。しかし、わたしはわたしの世界。君もわたしの世界の一部なのだ。はじめから君なんか存在しなかったんじゃないのかい?
まあ、それでもちっぽけなわたしに何度も何度も呼び掛け続ける君に敬意を払って、ある劇作家が亡くなる八ヶ月前に書いた詩を贈ろう。
ぼくは
世界の涯てが
自分自身の夢のなかにしかないことを
知っていたのだ
右の言葉の真実に他人であるわたしは触れることができない。それと同じように、君もわたしの世界に侵入することはできないということを知るべきだ。今まで君がわたしに侵入してきたその事実は、わたしの世界の中での話であるわけだからね。
すべてはわたし。わたしがすべてなのだから。
すべては「わたしの考える世界」であると貴方は書きました。しかし、その「わたしとは『私』」のことなのではないと思うのです。僕がこうして貴方宛てに書いているこの手紙は僕の世界、つまり僕の考える世界です。あなたの世界ではありません。僕の生きる世界において貴方は世界の一部ですね。いや、貴方は「わたしの世界、すべてはわたし」と言うかもしれませんが、それは僕の世界の中で貴方がそう言っているだけにすぎないことです。
そう、だから貴方は僕に触れられない、そういうことなのです。にもかかわらず、貴方は僕に触れるために無限の呼び掛けをするのです。しかしその呼び掛けは僕には届かない、言い換えれば、貴方の呼び掛けは貴方を、あるいは僕を決して満足させることはできないのです。それを渇きと表現してもよいでしょうか。書かれない、あるいは書かれつつある手紙とは、そのような渇きに似た行為なのではないでしょうか。無限に繰り返す、あるいは無限に問い続けるうずきなのかもしれませんね。なぜなら、僕は決して貴方を、貴方は僕を所有できないのですから。僕はそのように考えます。
この書かれない、あるいは書かれつつある手紙は、僕と貴方、あるいは貴方と僕の間という場所で書かれているのかもしれませんね。
貴方の書かれない、あるいは書かれつつある手紙をたしかに受け取りました。貴方の手紙が僕への呼び掛けなのだとすれば、僕は必ず彼にこの手紙を届けましょう。受け取った以上、怠慢は許されません。貴方には信じていただけないかもしれません。届けることは呼び掛けに応ずることです。貴方の呼び掛けが彼の手に渡るよう、僕は努力を惜しみません。僕の存在に賭けてね。(終わり)