武蔵村山市 障がい者グループホーム
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連載小説第1回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

第1章

 

 ここにアレがあったはずなのに、いったいどこへいったのだろう?

探しものはさっきまでテーブルのここ、ここにあったはずなのに、どうしたわけか見あたらない。さっきといっても数秒前、数秒前にはたしかにここにあったのだ。

また無くしてしまったか?

「あっ、!」

失望感にさいなまれるヒマもなく、うつむいて見つめるテーブルの横からにょきっと手が伸び、何やらテーブルの上にあるモノをうばっていく気配が見える。数秒前にアレがテーブルの上から消えて無くなってしまった以上、もうここには何もないはずだといぶかしげに思いながらも、

「何するんですか!」

そんなぼくの呼びかけをふりはらい、同居人のキーくんは、さっきうばったモノを右わきに隠すように大事にはさんでリビングを立ち去ってしまう。

「また、やられたよ」

キーくんは、あらゆるモノをうばっていく。あらゆるものなのだ。キーくんが気になったモノすべてが、この家からうばわれていくのだ。いや、この家からといっても、この家から消えたわけではない。この家のどこかに隠されているといったほうが正しいのかもしれない。

キーくんは、隠し魔だ。

とはいえ、キーくんが隠し魔であることで都合のよいことだってたしかにある。

ぼくは、この家の管理人。

そう、名ばかり管理人といったほうがいい。管理人なのだけれど、ぼくもこの家に同居しているわけで、同居しているキーくんたちと何もかわりやしないのだ。

ぼくは片付けられない、管理人。

ぼくの片付けられない度合いは、ハンパじゃない。この家をゴミ屋敷にしてしまうくらい、散らかし放題なのだ。むしろ、この家を散らかすことがぼくの仕事なのではないかと思うくらいだ。片付けるのが面倒臭いくさいというのではない。じぶんではこころから片付けたいと本気で思っているけれど、散らかしたモノを片付けられないから、家中、まいにちモノが山積みになって、もうどうしようもなくなる。人が住めるような家ではなくなる。

そんな時だ!

隠し魔・キーくんの出番がくるのである。

キーくんはぼくが散らかすモノすべて気になるのか、まいにち、ぼくを監視しているようだった。ぼくが部屋にモノを出してソレをどうするのか、見はっているといってよい。どこに隠れているのか、わからない。知らぬ間にあらわれて、うばっていくのだった。

隠す場所はいつも決まっていないから、どこをどう探してよいのかわからない。片付けられない人は、そもそも、探すことなんてできやしないのだ。探すだけで、数時間、いや、一日、待てよ、一ヶ月かかることだってある。そうなってくると、もう探す気はおきなくなる。だから、ぼくの目の前にモノはもう無くなってしまったのだとじぶんにいいきかせることがぼくにとって都合よい。探すことから解き放たれることこそすがすがしい。そう思いながら、ぼくはキーくんと暮らしている。だから、キーくんをうらまない。むしろ、感謝しているくらいだ。

この家からなくなってしまったモノがいままでどのくらいあったかどうかなんて、ぼくにはどうでもよい。ぼくのソバから無くなってしまった、いや、正確にいえば、無くなってしまったというより、ぼくにはもう、ソレらを覚えていないのだ。覚えていないのだから、想いだすこともないだけなのだ。

もちろん、そう楽観視できないこともある。ぼくが大切にしているモノまで隠されてしまう時は、キーくんと大ゲンカだ。そういう時は管理人という立場を利用して、キーくんを厳しく説教することもある。

ぼくの説教は、長い。いや、話が長いのではない。話すセンテンスが長いから、キーくんにまったくぼくのことばが届かず、理解できないのだった。むしろ、キーくんはじぶんのことをぼくがかまってくれているのだとかんちがいして、ゲラゲラとわらっているので、始末が悪い。そういう時はもはやあきらめモードになり、ぼくはなにごともなかったかのように、ぼくの記憶からうばわれたモノを抹消させる。抹消させるといえば、そこにぼくの主体的な意思が感じられるが、実際は、そうでないことも多いのかもしれない。

ところで、キーくんは、ぼくが散らかすモノすべて気になって、この場からモノを抹消する。けれども、キーくんはぼくじしんのことを気になるモノであると考えていないらしい。この家にキーくんが入居してから、キーくんは一度も、ぼくを抹消する行為にはおよんでいない。それはそれでありがたいことだ。いくらぼくが世の中のクズであったとしても、キーくんにとってぼくは、やっぱり居てもらいたい人なのであって、モノではないようなのだ。

いや、ぼくがそう思いたいというだけなのかもしれない。

キーくんには、隠すモノと隠さないモノを区分けしている。その判断基準は「いつもモノが『ソコ』にあるか、ないか」である。つまり、いつも「ソコ」にないものがある時に気になるらしいのだ。だから、リビングにいつも「ソコ」にあるものは、隠さない。いつもリビングにあるモノの配置はいっさい変わらない。ケッペキなくらい、一ミリ単位もズレることがない。すべてキーくんがそうしてくれる。だから、ぼくが少しテーブルを動かそうものならば、知らぬ間にリビングにやってきて、テーブルをもとの場所に戻していく。といっても、たかだか一センチズレただけでも、だ。

もちろん、ことはリビングでの出来事だけではない。ぼくの着ている洋服や、身に付けているメガネが気になれば、キーくんはその場で強引にぼくの洋服を脱がせたり、メガネをはずさせたりする。これでは生活することさえできない。しかし、キーくんはキーくんの気に入った洋服をぼくの収納から取り出して、ぼくに着させてくれたりもする。ある意味で、キーくんはぼくのファッション・コーディネーターなのかもしれない。それはそれでありがたいことではあるけれど、そのファッション・センスに偏りがありすぎて、いささか困っている。とはいえ、べつにぼくがこの家から外出する機会なんてあまりあるわけではないから、キーくんにコーディネートされたままの状態で、なんとか過ごしているのだ。それでキーくんのこころが穏やかであれば、それでよい。ぼくがどうしたいかなんて、どうでもよいことなのだ。

なぜなら、ぼくは、この家の管理人なのだから。 

  キーくんだけでなく、この家に同居している人たちは、この家にくるまで、こころが穏やかに生活を送ってこなかった人たちばかりである。ここにいる時くらいはこころが穏やかであってもらいたい。ぼくはそんな思いで、管理人としてこの家を運営している。いや、正直にいえば、ぼくのこころが穏やかでありたいという願いから、はじめた家なのだ。(続く)


 

連載小説第2回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

 世間様の寸法。

ぼくのこころを穏やかにしなかった理由は、そう、まさに世間様の寸法に合わせることだった。いや、ぼくの寸法を世間様の寸法に合わないことが、ぼくのこころを穏やかにしない理由であった。

広辞苑では「寸法」のことを「基準となる長さ」「判断の基準となるもの」って書いてあるけれど、その「基準」っていうのは社会では「世間様の基準」のことをいうのかもしれない。でも、ぼくの寸法は世間様の寸法では測れない何かがあった。もちろん、世間様の寸法ではぼくの寸法ほどズレたものはなかったけれど、世間様の寸法に合わせれば合わせるほど、ぼくのこころが穏やかでなくなることが非常に多く、やりきれないことばかりだった。

ただ、ぼくの寸法だって、キーくんたちに押しつけることなんてできない。それはぼくが世間様の寸法でこころが穏やかでなくなったように、ぼくの寸法でキーくんたちのこころが穏やかでなくなるはずで、だから、どこに基準を設けるかなんていうこと自体、ぼくたちにとって、どうでもよいこと、そう、ナンセンスなんだ。たぶん。

たぶん?

そう、たぶん、だ。いや、たぶん、としかいえないことがぼくたちにとっての「寸法」なんだと思う。だからいままで「ぼくの寸法」は「世間様の寸法」に合わなかったわけだけれど、キーくんたちと出会ったことによって、なおいっそう、ぼくはそんな「寸法合わせ」に付き合うことなんかしないんだと感じたのだ。世の中にはこれだという絶対的な確信や根拠などない、いや、そんな絶対的な確信や根拠を持たないほうが気楽に生きることができるかもしれないということを感じはじめたのだ、きっと。「たぶん」とは、ある事柄の推量を表す副詞だけれど、「たぶん」としかいえない世界にぼくたちの生きる世界はある。ぼくはそれを「たぶん、の世界」と呼んでみたいと思う。

ぼくがこの「たぶん」という副詞をなんとなく気になりはじめたのは、そう、Aの披露宴でのことだった。ただその前に、少し横道にそれるけれど、そのいきさつから語ってみたいと思う。それはAについてではない。披露宴に行く、あるいはたどり着くことになってしまったいきさつについてだ。

ぼくがAの披露宴に呼ばれるということは、Aとぼくとの関係はそれなりに親しい仲であったとだれもが思うだろう。Aは禅寺の住職が設立した古い施設で高校卒業まで暮らしてきたヤツだから、なおさらだ。だが、ぼくはAの存在すら忘れてしまっていたくらいで、ぼくにとってそんなに重要な人でもないのだろう。招待状が届いた時は「なぜぼくが?」と思うよりもさきに「あなた、だれ?」とつぶやいてしまったほどだ。ぼくも同じ施設で高校卒業まで暮らしてきた同級生だったにもかかわらず、だ。ぼくは失礼なヤツかもしれない。でも、本当のことなのだから仕方がない。

そもそもぼくは、人に関心を持ったことがない。Aという存在さえ、ぼくの記憶になかった。Aにとってぼくがどんなヤツだったかなんて知るすべもないし、Aがぼくをどう思っているかなんて知りたくもないし、まったく興味もない。どうでもよいのだ。そんなわけで、ぼくは招待状の「出席・欠席」の欄には「欠席」に丸を書いてすぐにポストに投函したのだった。

数日後、ぼくの携帯電話に登録のしていない着信が入っていた。いつものようにムシをしようとしたものの、留守電が入っていたので仕方なくきいてみたところ、留守電の声はぼくが生まれてから高校卒業まで厄介になった施設の男性職員からだった。

「ツヨシ、お前、元気にやってるか?」

 ぼくは「ツヨシ」という自分の名前が嫌いだった。抹殺したいほどだった。そこでぼくは名前ではなく、「スズキ」というありふれた苗字でよんでもらうよう、だれに対しても、しつこくお願いをしてきたけれど、施設の職員だけはなんどお願いしても「ツヨシ」としか呼んでくれなかった。親しみやすさなんて、ぼくには必要ない。そんなぼくの気持ちをおもんぱかれない施設の職員は昔から嫌いだった。顔をみるのも、話しかけられるのも、ごめんだった。けれども、ヤツらはしつこい人種で、ぼくが逃げれば逃げるほど、どこまでも追いかけてくるヤツらだった。追いかけられて逃げることほど疲れることはなかったから、ぼくは抵抗などしなかった。ぼくはすぐにヤツらに捕まってやるのだった。そうしたほうが、楽なのだ。

 面従腹背。

 ぼくはこの四字熟語が、大好きだった。

面従腹背の「腹背」という言葉の意味には自分のこころの中では背いているという強い意思、そう、燃えたぎるマグマのようなものがあって、それがあるからこそ世間様とのお付き合いもなんなくこなせるのだろう。おそらく人は、このマグマを長い年月をかけて成長させ、宿し、いずれ何かに化けていくのではないか。けれど、ぼくにはその燃えたぎるようなマグマを宿す経験もきっかけもなかったので、「面従」ばかりをきわだたせて生きてきたといってよい。それも無表情で。

糠に釘。

学校や施設の同級生たちからかわれたり、いじめられたり、暴力を振るわれたりしても、ぼくは何も抵抗しなかった。ぼくは能面のように相手を見つめるだけで、されることすべてを受け入れた。手応えのないヤツと思わせれば、人はぼくから去ってゆく。そう、ぼくの勝ちだ。これがぼくの勝ち方なのだった。顔が腫れて傷だらけ、時には救急車で運ばれるほどの大ケガを受けたこともあったけれど、ぼくは負けてなかった。いや、勝っても負けてもいないのではないか。ぼくはそう思っていた。勝ち負けは相手を意識してはじめて生じるこころの働きだから、ぼくにはずっとそうした感情がなかったといってもよい。そもそも人に関心を寄せることがない以上、人に対して感情を持つことはできないのだ。もちろん、「それは、嫌だ!」と感じるこころはとうぜんある。でも、それはぼくじしんの内面での働きにすぎない。

「Aの披露宴、来ないんだって? なんでだよ、来いよ。ツヨシとよく話していたAじゃないか」

そんなはずはない。

Aがぼくと「よく話していた」と仮定しよう。でもそれは、たんにぼくがAの言葉を無抵抗に受け入れていただけのことであって、Aの一方的な会話にすぎない。それをもってして、ぼくがAと仲が良いという論理にはならない。

「Aはツヨシに会いたがっていたぞ。おれもツヨシに会いたいなあ。会いたいなあ。また連絡するからな」

 施設の職員は数秒の間に「ツヨシ」というぼくの名前を三回も連呼していたことにぼくは不快感を覚えた。そんな相手に「会いたいなあ」とつぶやかれ、不快感を飛び越え、ぼくはヘドが出るほど気分が悪くなった。

 男性職員の留守電をきいてから数分後、また携帯に電話がかかってきた。もちろん、ぼくは応対せず、留守電だけをきいた。

「ツヨシくん、元気? あたしのこと、覚えてる? 覚えてるでしょ? そう、施設の職員の・・・」

 施設の女性職員からだった。「覚えてる? 覚えてるでしょ?」という職員のいい方がじつに押しつけがましかった。どうやら施設の職員は自分の存在を覚えているにきまっているとかんちがいしているらしい。ぼくはそもそも、人の顔も見なければ、人の名前さえ覚えようとしないので、覚えているわけがないじゃないか。

「招待状、届いたでしょ? ツヨシくんと同級生だった施設のBちゃん、Aくんと結婚するんだって。驚いたでしょ? ツヨシくんの同級生と連絡をとったんだけど、ツヨシくん以外の同級生、披露宴に来てくれるそうだよ。ツヨシくんもおいでよ」

 恐ろしかったのは、分刻みでこうした留守電が十件ほど入っていたことだった。もちろん、職員たちの戦法で、まるでストーカーだ。こうなってくると、面倒で疲れてくるため、施設の職員の戦法から逃げることをやめざるを得なくなる。ぼくはもう抵抗しなかった。仕方なく披露宴に足を運ぶことにしたのだった。

披露宴といっても、格式ばった会場でおこなわれたわけではなく、ぼくたちが暮らしていた施設の大部屋でおこなうこじんまりとした結婚祝いだった。この施設は退所してから六年ぶり。しかし、ぼくにはなんのカンガイもなかった。懐かしいという気持ちさえわいてこなかった。結婚祝いの参加者の顔ぶれも、ただぼくの目には、ぼんやりと映っているモノにしか見えなかった。だれが出席しているのかさえわからなかったし、興味もなかった。いろんな人たちがぼくに話しかけてきた気はするけれど、何一つ覚えていなかった。

いや、ただ一つだけ、覚えていることがあった。(続く)

 

連載小説第3回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

そう、あのスピーチだった。いやいや、スピーチの内容なんてまったく覚えていない。

はっきりと覚えているのは、新郎新婦への贈る言葉の中で引用された、ある詩のことだった。詩の朗読後も、ぼくはその詩が気になって、胸がドキドキして、もう結婚祝いどころではなくなってしまったわけで、なんか、ぼくが求めている世界がここにあると思ったのだった。

ぼくはその詩が気になって仕方がなかったので、そんなことをするタイプの人間ではないのだが、スピーチをした人にだれの、なんという詩なのかを教えてもらったのだった。

たとえば、それはこんな詩なのだ。

 

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったり ゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと 胸が熱くなる

そんな日があっていい

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい

 

「たぶん」としかいえない世界にぼくたちの生きる世界はあり、ぼくはそれを「たぶん、の世界」と呼んでみた。そう呼びはじめたきっかけが、上の詩だったのだ。

上の詩の中にはいちども「たぶん」という副詞は使われていないけれども、詩ぜんたいが「たぶん」なんだとぼくは思った。だからぼくは上の詩を「たぶん、の詩」とずっと呼んできた。そんな呼び方はだれ一人としていなかった。でも、ぼくはずっとそう呼んできたのだ。もちろん、「たぶん、の詩」と呼んできたのはぼくの感覚でしかないのだから、どこかでじぶんに納得するための論理を考えてみたかっただけなのかもしれない。

けれど、あとでこの詩人の詩集を読みあさってみたところ、いろんな詩の中に「たぶん」という副詞を使っていることがわかって、なんだかドキドキしたことをいまでも覚えている。(続く)

※引用した詩は、吉野弘の「祝婚歌」です。

 

連載小説第4回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

 ぼくはいま、三十二歳。

二年前から、「たぶん、の世界」で生きている。

「たぶん、の世界」は、じぶんの荷を下ろすことからはじまる。ぼくは、カニさんのようにどこへでもどんな姿勢でもヨコへ移動できる、そんな生き方をしはじめようと思ったのだ。

 

いま思えば、こんなムボウな転職はなかった。

いや、転職じゃない。起業だ。起業なんてカッコイイいいかたはもうよそう。ぼくには、ぼくの働く場がなかった。ただそれだけのことだった。

どの職場にもなじめず、どんな仕事をしても半人前。

転職回数はしめて、二十一回。

一年も持たない職場はそのうち十七。要は、まったく通用しないわけだ。職場で通用しないことイコール社会に通用しない。簡単にいえば、そういうことだ。

転職をくりかえすと、働く仕事もなくなってくる。もちろん、選んでいる余裕なんてないだろうと思うかもしれないけれど、ここまでくると、どんな仕事もむいていないわけで、選べる仕事なんてないのだ。

「キミ、前の仕事はなんで辞めたの?」

 採用担当の男性は、履歴書を見るやいなや、そう切り出す。

「いや、ちょっと・・・」

「ちょっとってね、キミ」

「はあ」

「はあ、じゃなくて、雇い止めで辞めたとか、あるでしょ?」

「雇い止めって何ですか?」

「キミ、そんなことも知らないの?」

「はあ、知りません」

「キミ、大丈夫?」

「大丈夫だと思いますが・・・」

「だから、そういう意味ではなくてさ。要するに、期間契約切れで辞めたの?」

「じぶんから辞めました」

「だから、理由はって聞いてんだよ、さっきから?」

「ああ、はい。仕事が合わなかったからです」

「仕事が合わないって、これだけいろんなところで働いて、一つくらい合う仕事見つかるでしょ、キミ」

「ありませんでした」

「結局、なんにも考えていないんでしょ?」

 そう、なんにも考えていなかったんだと思う。

 今まで働いてきたことすべてを履歴書に書くとこうなってしまうため、限定して履歴書に書いてべつの面接にのぞんでみると、

「平成十九年から平成二十二年まで空白期間があるけど、この期間は何やってたの?」

 嫌なところをついてくる。

「平成二十四年から平成二十六年の空白期間は?」

「何もやってなかったの?」

「ひきこもりだったわけ?」

「履歴書には正確なことを書かないと経歴詐称になるんだよ」

「社会の常識も知らなくて、これからここで仕事なんてできるわけがないなあ」

「ねえ、どうやって生きてきたの?」

「そもそもなんで大学辞めたの?」

「どうやったら入学して三週間で大学辞められるの?」

 数人の面接官がやつぎばやに質問攻めをしてくるけれど、もはやこれは面接の質問とはいいがたい。ぼくをこきおろしているだけだ。あげくの果ては、

「特技はないの?」

「あるでしょ、一つくらい」

「じゃ、ここで歌ってみてよ」

 すでに面接試験はゲームオーバーであるにもかかわらず、どうしてここまでぼくをバカにできるのだろうか。

 もうこれではじぶんから選ぶことができる仕事なんてあるわけがなく、いつまでたっても仕事は見つからない。

 ぼくはがらんどう。何もない。空っぽのぼくだ。

 だれだってそう思うだろう。

 では、どうしよう?

 最後のトリデは、あそこだ。あそこしかない。

 福祉だ。

 そう、福祉の職場しか行くところはなくなってくる。

非正規にはなりたくないっていっても、正規で働くことができる職場なんて、福祉のセカイしかない。

 ここだけの話、福祉の職場こそ、どこにも行けなくなった、どうしようもなく人格のゆがんだ人たちの、たまり場だ。どこの職場へ行っても通用しなかったヤカラたちが最終的に福祉の現場にたどり着く。もうここにしかじぶんの足を埋める職場はないと悲壮感に漂わせているヤツらばかりだということもあって、じぶんがこの職場で生き残るためにはじぶん以外のヤツらを敵とみなし、ひたすらじぶんじしんの生存のみを求めてくる。しかし、結局それは、じぶんの生存の否定を意味していることにまったく気付いていないのだ。

要するに、クズの集まりが、福祉のギョウカイなのだ。

下の下の人たちが、こともあろうことか、お年寄りや、障害者のお世話をするんだから、世も末だ。理想と希望をもち、思いをもってケンメイに働いている人はたったの一割。福祉のセカイで働いたことのある人ならば、そんなことは常識中の常識、現場はすでにくち果てている。

 それでも、ぼくの就職口は福祉のセカイしかなかったけれど、そのセカイでも転職のくりかえしだったわけで、もうどうしようもない。転職すればするほど、手取りの額はさらに少なくなっていく。正真正銘のワーキングプアだ。

 でも、仕方がない。

すべてぼくの選んだ道?

いや、ぼくのたどりついた道でしかない。

さっき福祉のセカイはどこにも行けなくなった、どうしようもなく人格のゆがんだ人たちのたまり場だといったけれど、とうぜん、ぼくもその中の一人であることはいうまでもない。ぼくがあの人たちとはちがうといいきれる何ものももってやしない。同じ道を歩いていることにはちがいない。この道がぼくのたどりついた道であることを受け入れることでしか何もはじまりはしないのだ。

じぶんのクズ性を自覚して、生きることがぼくの道。

ただ、ぼくのクズ性は、どんなに努力したってどうすることもできない何かがあることに、その時まで、ぼくはまだ気づいていなかっただけの話だ。

 転職をくりかえしつつも、ぼくは福祉のギョウカイで合計六年間働いてきた。わらわれるかもしれないけれど、じぶんをじぶんで褒めてあげたいくらい、ぼくなりによくがんばってきたわけで、クズにはクズなりの成長というものがあることもわかった。ただそれを後押ししてくれた人たちがいたことも否定できない。もちろん、それは職場の人たちではとうぜんない。

後押ししてくれた人たちとは、まいにちぼくがお世話をさせてもらっていた障害者の人たちだった。いや、いまから考えればお世話してもらったのはぼくのほうだったのかもしれないけれど、彼女らあるいは彼らとぼくがどこかでつながっているのではないかと思えるようになり、そのことがぼくの大きな荷を下ろすきっかけになったことがぼくの成長につながったといえばよいだろうか。

どこかでつながっている何か。

それはあくまでぼくの感覚的なとらえかたにすぎない。

つかめるようでいて、つかめない感じといえばよいだろうか。このつかめない感じが、つかめるにいたるのはキーくんたちとの出会いからであって、それまでは、ばくぜんとしかわからなかった何かであった。

つかめるようでいて、つかめない感じは、ぼくをはじめて働くことへと向かわせた。

あの人たちはいったいだれなのか?

その問いのはじまりが、

ぼくは何者か?

  というさらなる問いへといざなうことになったわけで、二十代後半になって、はじめてじぶんに関心を、いや、ぼく以外のだれかに関心を寄せたのかもしれない。要するに、それは、「あの人たち」を知ることが、どうやらぼくのことを知ることにもつながるかもしれないというばくぜんとした問いだった。そう問いを立てはじめると、ぼくの目の前に立ち現れたあの人たちが「ありがたい人たち」にも見えてくる。ふりかえれば、「あの人たち」はぼくにとって尊敬すべき人たちだったのだ。(続く)

 

連載小説第5回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

 誰に対しても無関心であった僕の心に燃えたぎるマグマのようなものが芽生えはじめた瞬間だった。このことは、僕が僕自身に驚かされた「事件」でもあったのだ。

ただ、そのことを語る前に、ぼくの「マグマ」を燃えたぎらせるきっかけをつくってくれた「ありがたい人たち」についてふれないわけにはいかない。

あの人たちはぼくにとっての「先生」だった。

僕が配属された勤務地は、特別支援学校だったが、大学中退の僕に教員免許なんか取得しているはずもないので、教員たちの仕事を補助する雑用係みたいな役割だった。

「特別支援学校って知ってるか?」

「あ、はい、障害児の通う学校です」

「そこで、学校の先生たちのサポーターをやってもらう」

「サポーター?」

「ま、要は補助だ。学校は人手が足りねぇ。猫の手も借りてぇくらいだ。おまえが猫の手になれるかどうかは知らねぇよ。そこの先生たちにいろんなこと教えてもらえ」

「教員免許を持っていないんですけど、大丈夫なんですか? 大学中退のぼくが?」

「雑用だよ。たとえば舞台の大道具係みてぇなもんだ。裏方だな。それを黙ってやっていればいいんだよ。先生のジャマさえしなければ」

 施設長にいわれるまま、ぼくは指定された都内X市の学校へ行ってみると、

「ああ、きみがスズキくんね」

「スズキタケシといいま・・・」

「そんなあいさつより、ちょっとコレ、一緒に教室まで持っていってくれる? それとね、ここではスリッパは厳禁、上履きに履き替えて。え? もってきてないの? じゃ、事務室の玄関の、ソコ、そうそう、そのシューズでもいいから履いて、いやいや、ちがうって、ソコの、そうそう」

 ぼくのあいさつをさえぎって、やつぎばやに指示を出してくるこの中年女性はいったい何者なのだろうか。

「ああ、そうそう、事務室の近くに倉庫があるから、わからない? あるでしょ? きみの目の前に、ええ? 見えないの? ソコに、ソ・コ、だってば」

「え? ぼくの前に? どこ?」

「あるでしょ、ソコに?」

「ああ、ここですか?」

「まったく、もう」

 とにかくうるさい人だった。

 物を探すことが苦手なぼくにはソコとか、コレとか、指示語だけではわかりようがない。それがぼくの目の前にあっても見えないんだから、もっと具体的にいってくれないとぼくにはわからないのだ。

「あたしね、この学校で小学部一年生の担任をしている上田っていうの」

「先生だったんですか?」

「先生以外に何に見えるの?」

「すみません。ただ、よくしゃべる方だなあって」

「それ、褒めことばとしてはまったくセンスないわね。嫌味にしか聞こえないわよ」

「すみません。・・・あ、ところで、さっき『ここではスリッパは厳禁、上履きに履き替えて』といってましたけど、どういうことなんですか?」

「スリッパじゃ、追いかけられないってことよ」

「追いかけられない?」

「衝動的に子どもたちが学校中を走り回ったりすることがあるから。もう毎日が運動会よ、ここは。あたしはもう年だからね、きみみたいな若い子に来てもらうと、正直、助かるわ」

ぼくがいるだけで助かることなんてあるのだろうか。
「今日からきみはあたしが受け持っているクラスのサポーターをやってもらうから。よろしくね」

「あ、はい、よろしくお願いします」ぼくは深々とお辞儀をしたあと、「で、あの、校長先生は?」

「出張なのよ。事務連絡くらいじぶんでやってもらいたいわね、まったく」

「そうなんですか」

「そうなんですか、じゃないわよ。もうのんびりしてはいられない。休みはないわよ。この仕事、忙しいから覚悟をきめてね。きみの前にきた子なんて、三日ももたなかったんだから。一学期がはじまって三日よ。信じられる?」

「雑用でそんなに忙しいんですか?」

「何そんな能天気なことをいってんのよ」

「だって、会社が『おまえは雑用やってればいい』って、『先生のジャマだけはするな』って」

「サポーターだって最前線でやってもらうからね。とくにウチのクラスはいろんな意味で大変な子たちを受け持っているから、目が離せない。それに、あとで紹介するけど、ウチのクラスはあたしともう一人、男の先生がいるの」

「二人でやっているんですか?」

「担任二人制は名ばかりで、あたしが全部切り盛りしているの。だから、きみががんばってくれないと、もう大変」

「どういうことですか?」

「大きな声ではいえないけどね、もう一人の男の先生、今年で定年退職なの。十文字先生っていうんだけどね。教員生活あと一年を残してここに異動してきて、最後の年に特別支援学校の小学部一年生の担任よ。できるわけがないじゃない。体力もなければ気力もない。学校中を動き回る子たちを相手にして、四十代半ばのあたしと、定年前のヨボヨボで、どう対応しろっていうのよ。この学校、バカじゃないの、本当に。教員の配置の仕方、まちがっているとしか思えない。ここまでくると、ハラスメントよ、まったく」

 ぼくの前に働いてすぐに辞めてしまった人の心境がこれでわかった気がした。

 次のカモは、ぼくなのだ。

 ぼくみたいな半人前を会社が採用してくれるはずがない。それにはこうした理由があったのだ。

だれかをここに押しこんでおけば会社の体裁はたもてる。

ぼくはまんまとワナにハマってしまったのだ。

 

理不尽としかいえないけれど、結局、いままで理不尽な経験しかしてこなかったぼくにとっては、理不尽なことが自然なことであって、理不尽ともいえないのかもしれない。理不尽を正常なことだと思ってその場を過ごせば、なんてことはない。ぼくがカモであろうがなんだろうが、いまのぼくの状況を受け入れること以外にこの場から逃げることはできないのだ。(続く)


 

連載小説第6回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

 ぼくにとって、受け入れることこそ、逃げることにほかならない。逃げきるには、無表情でものごとを受け入れるしかないのだ。そうでもしなければ、どうやってぼくのような境遇の人間が生きていけるだろうか。生まれた時から親がいなかったぼくは、親がいなかったことがあたり前だった。そのことでじぶんが不幸だと思ったことはないし、ましてや、親がいないことで同情されるなんて、まっぴらごめんだった。最低限、だれかに頼って生きるというすべさえ身に付ければ、なんとか、生きられる。それがぼくの処世術であって、いや、ぼくだってだれかを利用しながら、ここまで生きたのではなかったか。もちろん、人を利用することをあからさまにしてきたわけではない。でも、結果的に利用して生きてきたことにはちがいないのだ。

住まいも食事も提供してもらったし、学校だって行かせてもらった。大学はすぐに中退してしまったけれど、十八歳になってすぐに住まいを失ってしまっては困るから、強引に大学進学まで面倒をみてもらった。これが利用といわないで何であろう。ぼくは大学を中退したから自動的に施設を退所することになった。その時、ぼくには本当の意味での住まいがなかったんだって気がついたのだった。

でも、いままで多くの人たちがぼくを育ててくれたことに対する感謝の気持ちというものは、正直、まったくなかった。育ててもらって申し訳ないけれど、本当になかったのだ。そもそもぼくには多くの人たちが持つ「気持ち」がなかった。ぼくには人間という存在が見えなかったし、そもそも人間そのものがわからなかった。「ありがとう」という感謝は気持ちがないといえないことばだ。ことばがわかるには、じぶんの中にことばを育て、宿していく必要がある。ぼくはそうしたことばを人間との営みの中で築くことができなかった。

 もちろんいまはかろうじてちがうといえるかもしれない。

 ぼくの気持ちを育てる手がかりとして、ぼくには本というものがあった。結婚パーティで出会った、あの「たぶん、の詩」のことばだ。それからぼくは本をたくさん読むようになって、本のことばを通してぼくのわからなさを見つめてきた。ぼくが詩というジャンルを好んだのも、詩のことばには生身の声がいっぱいつまっているような気がしたからだ。

 ただ、ぼくは本を通して学んだことばたちを外側に向けて発する経験をしてこなかった。あくまでじぶんの内部との対話の道具として使ってきたにすぎない。もちろん、そうした自己内対話は時に詩という創作へいざなうきっかけをぼくにつくってくれたこともたしかだった。気恥ずかしいけれど、たとえば、こんな調子で。

    *

 無人駅のホームのベンチで

 あなたは

 何かを待っています

 だれかを待っています

 

 いつ来るかわからない

 時刻表すら存在しない

 その駅で

 あなたは ひとり

 何かを待っています

 だれかを待っています

 

 いずれ停車するだろう電車から

 下車する乗客は

 あなたにとって

 いったい何でしょうか

 いったいだれでしょうか

 

 無人駅のホームのベンチで

 あなたは

 遭遇することのなかった何かを

 あるいは

 出会うことのなかっただれかを

 待っているのでしょうか

 聴くことのできなかったよびかけを

 待っているのでしょうか

 

 しかし あなたは

 だれでも良いわけではありません

 一方的に下車する乗客の

 一方的な出会いに

 あなたのこころは振り向きません

 あなたのこころは ただ

 あなたのこころと

 だれかのこころが

 いずれ結び直される

 時を待っています

 いずれ出会い直される

 関係を待っています

 

 無人駅のホームのベンチで

 あなたは

 だれも下車することのない乗客を

 待つことをいといません

 あなたは

 だれも下車しないことをさみしがりません

 恐れません

 

 あなたは ただ

 あなたの思いを通わせることのできる

 新しい息吹を待っています

 あなたは それまで

 ベンチを動きません

 あなたを意に介さず

 素通りしていく人々を

 待ってはいないのですから

 

 こころから歓迎させられる

 何か あるいは

 だれかを

 待つまでは

 あなたは きっと

 無人駅のホームのベンチから

 離れることはないでしょう

 あなたは ただ

 こころから歓迎させられるじぶんを

 用意しているだけなのです

    *

 ぼくは詩の中で、ぼくの中のあなたに呼びかけるけれど、ぼくの中のあなたはいつだって、他者ではなかった。きっと、あなたが待っているのは、他者ではなかっただろうか。もちろん、その他者だってぼくにとってはまだ抽象的な存在にすぎない。その他者が人間なのか、それとも人間以外の何者かさえ、ぼくにはわかっていなかった。

 ただ、ぼくがことばを道具にして使っているうちは、他者とは出会えない。そんな気がしていた。ぼくじしんがことばになって、他者そのものと出会わなければ、他者からの呼びかけに応じることさえできないのではないだろうか。そう思うようになってきてから、ぼくは理不尽な状況が目の前に立ち現れても、抵抗することなく、いったん受け入れてみてはどうかと、ぼくの中のあなたに問いかけてみることにしていたのだった。

 

 特別支援学校サポーターの仕事は、ぼくにとって他者と出会えるチャンスなのかもしれない。そう思いながら、大きなワナにハマってみることにしたのだった。

ぼくはいつだって受け身の人間だったではないか。

「僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。」

 ある詩人の右のことばがぼくの頭をよぎった。

ただ、その詩の中で大切なことは、その詩の後に語る「少年の父親」のことばであることに、その時まだ、ぼくは気づいていなかった。

教室へ行くと、窓辺で静かにだれもいない校庭を見つめる人がいた。定年間際の十文字先生だった。

「はじめまして、サポーターでお世話になります、スズキと申します。よろしくお願いいたします」荷物を持ったまま、ていねいに会釈をした。

 十文字先生はぼくに視線を向けることなく、ただずっと同じ方向を見つめていた。

「だからいったでしょ? 相手にしないの」

上田先生はぼくのひじをつかんでじぶんに引き寄せた。

 相手にしないことなんて、ぼくの立場でできることではなかった。ぼくはこういう場合、どうしたらよいのかわからなくなり、この場から逃げたくなる性格だけれど、ぼくのひじを引き寄せる上田先生の力が尋常ではなく、上田先生に体を預けるしかなかった。

「じゃ、これから、明日からどんなことをするかを話すね。
しっかりときいておいてよ」

 明日からはじまる一日のスケジュールをこと細かく説明を受けただけで、もう夕方になってしまっていた。

「明日、必ず来てね。絶対だよ」上田先生はそういうと、教室を出ていった。

上田先生の話は長なった。息継ぎをどこでしているのだろうかと思うくらい、機関銃のように話されて、三時間以上は経過したと思う。これだけ長いと、最後の話しか覚えていなかった。

「要は、じぶんに酔っているんだな、あれは」

十文字先生がこんな遅くまで教室にいたことにぼくは驚いてしまった。

「い、いらっしゃったんですか?」

「あれは支援じゃない。たんにきみをじぶんの思い通りにしたいだけなんだ。抱え込みほど、危ういものはない。ああやって前の人も辞めていった。何も学ばないんだな、あの人は」
「ぼくを思い通りに・・・ですか?」
「何もわからないきみに親切に教えているようにみえるが、実際はそうじゃない。教えたいだけだ。じぶんが人よりも優位に立っていたいだけなんだよ。だから、じぶんの思い通りにならない相手だとわかると、見向きもしないか、スケープゴートだ。彼女のような人を仕事のパートナーにすると、もう大変だよ。まあ、学校にはああいう人、ゴマンといる。別にめずらしくないがね」

 そういうものかな、としかその時のぼくは思わなかった。それに、何も教えてくれない先生より、どうやったらよいかを教えてくれる先生のほうがぼくには都合が良かった。

「いまのきみに何をいってもわからないと思うけれどね」

十文字先生は静かにそういって退勤したのだった。(続く)


 

連載小説第7回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

〇特別支援学校初日・駐車場

 

 午前八時三十分。

子どもを乗せた八台の送迎バスが都内では比較的大きな学校の駐車場に到着。バスからぞろぞろとカラフルなランドセルを背負った多くの子どもたちが降りてくる。

スズキは受け持つ子どもをキョロキョロと不安げに探している。前日の打ち合わせで子どもの顔写真を見せてもらったものの、バスから降りてくる子どもの顔がみんな同じに見え、だれがだれなのかまったく見分けがつかない。

スズキ「えーと、どこのバスだ? どんな顔してたっけ? もうわからないよ」

バスの前で迷子のようにウロウロしているスズキ。

上田先生「スズキくん! ソコじゃない、ソコじゃないってば! アッチ、アッチのバスだって!」

上田先生は顔を紅潮させながら、八番の送迎バスへ指をさす。スズキは猛スピードで八番の送迎バスへ走っていったものの、受け持つ子どもが見あたらず、キャロキョロしている。

 

〇特別支援学校・下駄箱周辺

 

上田先生「もう、コッチよ、スズキくん、ココにいるから」

上田先生、両手で二人の子どもの腕をつかみ、スズキを呼ぶ。

上田先生「何やってんのよ、まったく。早く子どもたちを教室へ連れって。あたしはあと一人の子どもを迎えにいかないといといけないんだから」

上田先生、苛立ちをあらわにし、二人の子どもをスズキに渡す。

上田先生「絶対に手を離したらダメよ」

上田先生はそういい放つと、すぐに七番の送迎バスの近くにいる十文字先生のところへ走っていく。

 スズキの両手につかまっている二人の子どもたちは不安な様子でじっとしていられないらしく、なんども、スズキの手を左右から引っ張り合う。子どもなのにこんなに握力があるのかとスズキはびっくりしている。

スズキ「ちょっと、待ってね。もうすぐ先生たちが来るか・・・」

 声掛けの途中で一人の子どもがスズキから手を放し、走り出す。あっという間の出来事である。

ぼく「あっ、ちょっと待って!」

 離れていく子どもに意識をとられてしまったためか、もう一人の子どももスズキの手を振り払って、別の方向へと走り出す。

スズキ「えっ、ちょっと、どこへいくの! 待ってよー!」

 八台の送迎バスから送りてくる多くの子どもたちが下駄箱周辺にごったがえしている。

スズキ、子どもたちをかき分けて追いかけることさえできない。スズキから逃げ出した二人の子どもがどこへ行ってしまったのか、もう確認することさえできない。

 スズキの声「(いったい、どうしたらいいのだろう?)」

 スズキ、小学部一学年の教室がある一階の廊下をウロウロしはじめる。

 

〇二階の職員室に通じる一階の階段前

 

学年主任「手を離したらダメだっていわれなかった?」

絶望感にさいなまれ、冷や汗をかいているスズキの前に、小学部一年生の学年主任が最初に手を離した子どもを連れてきてくれる。

学年主任「マコトくんを連れてきたよ」

スズキ「あ、はい、すみません」

スズキ、額からダラダラと流れ出る汗を右腕で拭う。

学年主任「はじめてのことで戸惑いはあるかもしれないけど、何より子どもたちの安全第一でいきましょう。ね、わたしだって子どもたちがどこへ行くか予測がつかないし、エネルギーは子どもたちのほうがはるかに上だと思ったほうがいい」

スズキ「本当にすみませんでした」

スズキ、深々とお辞儀をして謝罪する。

学年主任「だれだって経験すること。これからが本番だよ。悔いてるヒマなんかない。気を付けてね」

学年主任、ニコッとした笑みを浮かべる。

学年主任「あ、それとね・・・」

学年主任、急にまじめな表情に変わり、スズキに近寄る。

学年主任「あの先生の話なんだけど、きき流しておけばいいからね」

スズキ「あの先生って?」

学年主任「上田先生のこと」

スズキ「上田先生が何か?」

学年主任「あの上田先生ね、昨年まで学年主任していた人でね、能力はあるんだけど、ちょっといろんなことがあってね」

スズキ「いろんなこと?」

学年主任「そう」

スズキ「どういうことですか?」
学年主任「なかなか相手の気持ちになって考えられないっていうか、じぶんの考えを一方的に押しつけてしまうというか、まあ、要するに、教員同士のトラブルが絶えなかったんだよ」

スズキ「トラブルですか」

学年主任「うん、悪い人じゃないんだけどね。個人的に話をすると、教育熱心でね、子どものこともよく考えているんだけれど、少しでもじぶんの路線からはずれたりしたら、もう大変。これでもかっていうくらい、人をツメてくる。アレやられちゃうと、みんなお手上げ。みんな、やる気なくなっちゃうし、それで休職した先生もいるからね。だから気を付けて、っていうか、きき流したほうがいいよ。まあ、もちろん、きみはサポーターだから大丈夫だと思うけど、一週間前に来ていた若いサポーターも三日で辞めちゃったからね。いろんなことがあって、彼女も学校で孤立しているし、一緒にやっている十文字先生と馬が合わない。追い詰められている感もあってね、それをきみに当たってくる可能性大だから、ちょっときみを心配しているんだよ。いくらサポーターとはいえ、ここでのキャリアで心に傷を負って再起不能なんかになってしまったら困るでしょ。それにきみはサポーターなんだから、先生たちのような仕事をしなくてもいいんだよ」

 スズキ、もう一人の子どもの手を放したことが気になって、学年主任の話にきき入っている余裕がない。とはいえ、学年主任の先生の話をきき流してしまうわけにもいかず、どうしたらよいかわからない。

学年主任「ところで、きみの担当はマコトくんだけ?」

スズキ「いえ、それが・・・」

学年主任「えっ! まだいるの? ゴメン。こんなところで立ち話をしている状況じゃなかったね。で、どこへ行ったの?」

スズキ「それが・・・、アッチのほうに行ったとしか・・・」

十文字先生「おーい! いたぞー!」

 百メートルくらいある一階廊下の端から十文字先生が大声をあげてスズキを呼ぶ。

十文字先生「いまからソッチへ行くから」

スズキ「すみませーん」

 十文字先生、キヨシくんを背中に背負ってゆっくり歩いてくる。

学年主任「ススギくん、じゃ、後は頼むよ」

 学年主任、スズキの耳元に顔を近づける。

学年主任「さっきの話は、ここだけの話にしておいてね」

スズキ「あ、はい。さきほどはありがとうございました」

 学年主任、「じゃね」といって、職員室がある二階へ走り、姿を消す。

 十文字先生、一階の階段前に到着。

スズキ「この子、いままで何をしていたんですか?」

十文字先生「遊んでいたんだよ」

スズキ「どこでですか?」

十文字先生「トランポリンのある遊び場。コッチの思いも知らないで、トランポリンでぴょんぴょん楽しく飛び跳ねてたよ」

スズキ「そうだったんですか。申し訳ありませんでした」

十文字先生「いやいや、チームでやっているんだからそれは構わない。気にするな」

スズキ「先生、七番の送迎バスで待っていた子どもは?」

十文字先生「ああ、それがね、上田先生がもう教室へ連れていったよ。きみのことを見ないといけないから『女の子をよろしく』ってお願いされたんだけどね。コロコロということが変わるからもうやってられないよ」

スズキ「はあ」

十文字先生「じぶんの担当の子どもに相手にされないからといって、人の仕事を奪う権利はないよね。まあ、いずれにしても、これから教室へ行ってお着替えをさせないといけない。さあ、教室へ行こう」(続く)


 

連載小説第8回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

〇一年六組の教室

 

 教室の中央には寄せ集めた三つの机。

 廊下側のカベには三つのフックがある。フックの上にはかわいい動物の絵が貼ってあり、ネコの絵のあるフックには一つだけピンクの小さな巾着袋が掛かっている。

 すでに到着している女の子を上田先生がお着替えさせた様子。女の子は黒板の左隣にある棚からおもちゃを取り出して、遊びはじめる。 

スズキ「すみませーん。遅くなりました」

上田先生「もう何をしていたのよ」

スズキ「二人ともぼくの手から離れてしまって」

上田先生「まったくもう。そのことはあとで話すから、早くマコトくんとキヨシくんのランドセル、ソコの机に置いて」

スズキ「ランドセルですか?」

上田先生「そう。これからお着替えをするから」

 スズキ、マコトくんの机の上にランドセルを置く。

上田先生「ランドセルを開けると、大きな袋と小さな袋があるの。大きな袋には体育着、小さい巾着袋には歯ブラシとコップ、そして箸入れが入っている。あるかどうか、確かめて」

スズキ「えーと、はいはい、確かにあります」

上田先生「その小さい巾着袋を机の上に置いて」

スズキ「置きました」

上田先生「それじゃ、いまからあたしのやることを見てて」

 上田先生、カベに掛けてあるピンクの小さな巾着袋を取って、すでに一緒に教室へ入って着替えを済んで遊んでいたユウコちゃんを呼ぶ。

上田先生「はい、ユウコちゃん、ちょっとおもちゃを片付けてコッチへおいで」

ユウコ「はーい!」

ユウコちゃん、おもちゃを引き出しに仕舞い、うれしそうに上田先生の太ももに走って抱きつく。

上田先生「ユウコちゃん、いい、このピンクの袋、ネコちゃんの絵に掛けて。そう、ネコちゃん」

上田先生はことばかけと同時に、ネコの絵のあるフックへ向けて指をさす。

ユウコ「はーい、行ってきまーす!」

ユウコちゃん、ニコニコ顔で巾着袋をフックに掛ける。

上田先生「よくできました! えらかったねー」

上田先生、ユウコちゃんの頭をなでる。
ユウコ「やったぁー!」

上田先生「じゃ、ユウコちゃん、少し時間があるから、おもちゃで遊んでいてもいいよ」

ユウコ「おもちゃ、おもちゃ」

ユウコ、黒板の左側にある棚からおもちゃを出す。
上田先生「まあ、こんな感じでやるの。簡単なようにみえるけど、この学校に来る子どもたちは巾着袋をフックに掛けることもなかなかむずかしいの。だから、子どもたちが好きそうな動物の絵をカベ貼っておいて、そこへ向けて物を掛けてもらうようにしている」

スズキ「巾着袋をフックに掛けることがなぜそんなにむずかしいんですか?」

上田先生「じぶんの関心のある物に目がいっちゃうのよ。そこでね、フックの方向へ集中させるように動物の絵に指さしをして、巾着袋を掛けてもらうようにするの。それとね、子どもたちは長い文章で話しても理解できないから、できるだけ単語での声掛けが必要。いい? わかった?」

スズキ「あ、はい。とにかく、やってみます」

 十文字先生、「またかよ」という表情をし、首をかしげる。

スズキははじめてのことなので、ビクビクしながら小さい巾着袋のヒモをつかむ。

ぼく「じゃ、キノシタ・マコトくん」

上田先生「マコトくんって呼んで」

スズキ「(下の名前を呼ぶのに戸惑いを感じるが、仕事なので仕方なく)あ、はい。じゃ、マコトくん、ココにある袋、サカナくんに掛けて、袋を掛けましょうね」

 マコトくん、何やら教室の床にある小さなゴミが気になっているのか、床に寝っ転がってじっと見つめている。

スズキ「マコトくーん、ココ、ココに来て」

マコトくんは知らん顔で、寝っ転がったまま、スズキを振り向きもせず、まったく動かない。

スズキ「ダメだ、まったく聞いてくれない」

 上田先生は寝っ転がっているマコトくんに近づき、「トントン」と声を掛けながら右肩を軽くたたき、マコトくんの顔に袋を見せる。

上田先生「はい、マコトくん、黄色の袋、ね、アソコにあるサカナくんの絵に掛けてきて、サ・カ・ナ・く・ん」

マコトくん、じぶんはやりたくないのか、「うーん、うーん」とうなって首を振り、「バイバーイ」といって起き上がって、教室を走り出す。

上田先生「ちょっとー、マコトくーん、コレ、サカナくん、掛・け・て」

 マコトくんは「うーん、うーん」とうなって首をかしげながらも、仕方なく上田先生が持つ袋をうばい、走ってサカナくんの絵にあるフックに巾着袋を掛ける。

上田先生「はい、よくできましたね。えらかったですね」

上田先生、マコトくんの頭をなでる。

マコトくんはそれが嫌なのか、「バイバーイ」といってカーテンの中に隠れる。

上田先生「もう、マコトくん、次はお着替え!」

 上田先生、カーテンの中に隠れてマコトくんに声掛けをするが、なかなか出てきてくれない。

上田先生「早く!」

上田先生はカーテンの中に入り、強引にマコトくんの腕をつかんで机まで連れて行く。

上田先生「はい、じゃ、スズキくん、キヨシくんに同じことをしてみて。といっても、参考になったかどうかわからないけど」

 スズキは見よう見まねでやってみたものの、キヨシくんもまったくいうことを聞いてくれない。

十文字先生「やってもらえない時は、まずじぶんでやってみせるしかない」

十文字先生、キヨシくんに向かってやってみせる。

上田先生「先生、スズキくんにやってもらわないと学べませんよ。明日もやってもらわないといけないんだから。スズキくんがそれをやってもらわないと先生も困るでしょ?」

十文字先生「そうはいっても、はじめてじゃムリだよ。スズキくん、今日はわたしと一緒にやろう」

十文字先生、スズキを誘ってくれる。

上田先生「だったら、スズキくん、マコトくんのお着替えを手伝ってよ。まったくいうことを聞いてくれないんだから。いいでしょ、先生」

十文字先生「勝手にしなさい」

スズキの声「(ぼくは上田先生と十文字先生との引っ張り合いにつきあわされているようだった。ぼくはだれに教えてもらうかなんか、どうでもよいのだ)」

上田先生「スズキくんね」

上田先生、マコトくんの体操着をスズキに渡す。

スズキ「あ、はい」

上田先生「さっきのマコトくんのやりとりを見てもわかるだろうけど、実をいうと、あたしだってムリ、自信がない」

上田先生、スズキに弱音を吐く。

上田先生「とにかく、じっとしていることがむずかしい子たち。力づくで抑え込むことなんて絶対にしてはいけないし、そうしたところでいうことをきいてくれるわけでもない。いくら経験を積み重ねても、ムリな時はムリなの。だって、相手がいることなんだからね。こうしたら大丈夫だという方程式があるわけないし。はっきりいって、あたしだってどうしようもないのよ」

スズキ「そうなんですか」

スズキはあいづちを打ちながら、マコトくんをカーテンから出して、強引に机まで連れていく。

上田先生「だから、きみのお迎えでの失敗を攻め立てたって仕方がない。ただね、親御さんから大切な子たちをお預かりしている以上、ケガをさせてお返しするわけにはいかない。それだけよ」

 上田先生、スズキにウインクしてニコッと笑みを浮かべる。

 上田先生「マコトくんはこだわりの強い子。人とのかかわりがむずかしい。だからって、人が嫌いってわけでもない。むしろ、本当はこういう子たちのほうが人にかかわりたいと思っているんじゃないかって思うけど。ちなみにね、マコトくんのお母さんも毎日大変で、どうしたらよいかと悩んでいる。あたしだってもうお手上げ状態。いままでにも大変な子たちと出会ってきたけど、マコトくんやキヨシくんのような子、はじめてなの。あたしなんか手をつないでもくれない。ずっと拒否されている。毎日が屈辱感にさいなまれながらかかわっているというのが実際のところね」(続く)


 

連載小説第9回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

スズキの声「(ぼくは着替えを嫌がるマコトくんのお手伝いをしながら、時々見せる上田先生の自信のない表情が気になった。ぼくの力不足で、上田先生のサポートができないことがはがゆくてならなかった。

 でも、ぼくには何もできない。ぼくはがらんどう。何もない人間だから。

 ぼくはいつもそうじぶんにいい聞かせ、その時、その場をすり抜けてきた。じぶんに背負えない大きな物を背負わされたら、たまらない。そう思ってきた。

ぼくには何もできない。ぼくはがらんどう。何もない人間だから。

もう一度、くりかえしてみる。

確かに何の価値もないぼくにできることがどれほどあるだろうか。じぶんのことさえ何もできやしないのに。ぼくができることは、たったの一つ。上田先生のことばの意味を受け止めないで、ただ聞くだけだ。結局、上田先生もぼくに何か期待しているわけではない。じぶんのいまの心境をぼくに伝えたのではなく、ことばを発することで逃げたい心境をニュートラルな気持ちに変えたいだけなのであって、それ以上でも以下でもない。

相手はだれでもよかったのだ。

ぼくの目の前にいるマコトくんもそうだ。

いまぼくはこうしてマコトくんのお着替えのお手伝いをさせてもらっているけれど、マコトくんにとってはだれだってよい。ぼくでなければいけないこともない。いつも交換可能で、ぼくがいなければだれかがやる。ただそれだけのことなのだ。

交換可能だと思えば、気が楽だ。交換可能であれば、こころもいらない。じぶんを傷つけないですむ。

でも、それではぼくはずっとがらんどうのままだ。ぼくががらんどうなのは、いままでじぶんじしんのこころを一度も傷つけてこなかったからではないだろうか。じぶんを傷つけることから避けてきたからこそ、何の価値もない存在だったのではないだろうか。いや、何の価値もない存在がそんなに悪いことなのだろうか。ちっぽけなじぶんだっていいのではないだろうか)」

スズキは自問自答しているうちに、マコトくんのお着替えをなんとか終える。

上田先生「はーい、それじゃ、授業がはじまるまで、これから校庭で遊びましょう!」

 上田先生はそういってユウコちゃんと手をつなぎ、教室を出ようとする。しかし、なかなか教室から出ようとしないマコトくんとキヨシくんがいる。

ぼく「マコトくんとキヨシくんはどうするんですか?」

上田先生「お外に出れない子たちは、仕方がないので教室で遊ばせて」

スズキ「どうやってですか?」

上田先生「十文字先生もいるんだし、いろんなこときいて対応してもらえる? 十文字先生、スズキくんのことお願いします」

十文字先生「ちぇっ、さっきいっていたことがまったく逆だよね」

上田先生「ススギくん、十文字先生の指示に従ってください。とにかく安全第一だから、それだけは気を付けて。じゃ、ユウコちゃん、お外、お外」

ユウコ「はーい、いってきまーす!」

 上田先生、ユウコちゃんと手をつないで教室を出ていく。

 ぼくはだれもいない教室の真ん中の床に大の字になって天井を見上げながら、サポーター一日目の出来事を頭の中で映画のフィルムを回すように思い出していたのだった。

「ふー、やっと終わった。長かったなあ、一日」

 サポーター一日目の仕事はてんこ盛りだった。いや、今日だけにかぎらず、今日も明日も明後日も明々後日も、ぼくがサポーターの仕事を辞めないかぎり、特別支援学校の一日は同じルーティンで回るはずだ。

特別支援学校の一日を簡単に列挙すると、以下の通りだ。

 

・お迎えの時間(送迎バス)

・支度およびお着替えの時間

・授業の前の遊びの時間

・朝の会

・授業(リズムや散歩などで体を動かす)

・給食の時間

・昼休みの遊びの時間

・授業

・掃除の時間

・帰りの準備およびお着替え

・帰りの会

・見送りの時間(送迎バス)

 

 驚きなのは、お迎えから見送りまでノンストップであることだった。休み時間などあるはずもなく、給食の時間は子どもたちの支援に入るわけで、食事をとっている感覚もなかった。何を食べたかさえ、覚えていなかった。

 先生たちが職員室へ戻って一休みができるのは、なんと夕方の四時半なのだった。ぼくはとんでもないところへ働きに来てしまったと、いまさらながら後悔しているけれど、その反面、いままで経験したことがなかった充実感もないわけではなかった。

 それは何かをやり遂げた充実感ではない。

 ぼくが人間という何者かにふれたのかもしれないという瞬間に出会ったといえばいいだろうか。

 おおげさだろうか?

 いや、ぼくは、今日の一日の仕事を終えてから、さっきまでそのことをずっと考えていたのではなかっただろうか?

 上田先生が教室を出てユウコちゃんと遊びに行ったあと、ぼくと十文字先生は教室に残って、マコトくんとキヨシくんと一緒に教室で過ごした。ただそれだけだったけれど、ちょっとしたその時間のなかで出会った出来事がぼくにとって「かけがえのない瞬間」だったことは否定できない。それはぼく以外の人にとっては「なんでもない瞬間」であったのかもしれないが、「ぼくの世界」をゆさぶった瞬間でもあったのだった。

マコトくんは上田先生が教室を出ていったあとも、床にある小さなゴミが気になっており、床に寝っ転がってゴミをじっと見つめながら何やらおしゃべりをし続けていた。

ゴミとおしゃべり?

ぼくはなぜだかマコトくんがゴミとおしゃべりをしていることを「あり」と感じるじぶんがいた。マコトくんのふるまいが自然のように見えていた。そこで、ぼくはマコトくんが寝っ転がっている横を一緒になって寝っ転がってみたのだった。ぼくがそんな行動をしたことは生まれてはじめてのことだった。

ぼくはマコトくんと同じようにゴミとおしゃべりができるだろうか?

ゴミは人間のようにしゃべる存在ではない。しかし、そんな当たり前が通用しない世界にマコトくんは生きている。マコトくんを知り、寄り添うことは、ぼくが当たり前ではないマコトくんの世界に飛び込んでみることでもあるのではないだろうか。ひとまずそう考えてみることが大切なのではないか。ぼくはそう思ったのだった。

ゴミにはゴミなりのことばがある。

マコトくんはそのことばを感じ取ったのではないか?

それはまさに、詩の世界なのではないか?

そう考えれば、ぼくはマコトくんの世界のことばに興味津々で、マコトくんがゴミさんたちにいったい何を語りかけているのかをきき取るために、ぼくもマコトくんのように寝っ転がって体を動かし、マコトくんに接近した。ぼくは左頬を教室の床にペタッとつけ、マコトくんの横顔をみつめたのだった。

マコトくんはきこえるか、きこえないかの声でゴミさんに話しかけるけれど、ぼくには何もきこえてこなかった。だから、さっきよりもっとマコトくんに顔を近づけてみた。すると、その時、マコトくんはゴミさんからぼくへまなざしをさし向けてきたのだった。

マコトくんとぼくの目が重なり合うくらいまで接近していたため、マコトくんがぼくへまなざしを向けた時は正直びっくりしてしまったけれど、マコトくんはどうやらそれが面白かったようで、ゲラゲラとわらいはじめたのだった。そのわらい声にぼくもつられてわらってしまったほどだった。

マコトくんはもうゴミさんには興味を示さず、遊ぶ対象をぼくに向けはじめ、マコトくんの小さな左手をぼくの右の頬にあて、それからぼくの顔全体をなではじめたのだった。またそこでマコトくんはゲラゲラとわらうもんだから、今度はぼくがマコトくんの左頬にぼくの手をあて、次にマコトくんの顔全体をなでたのだった。

「おおーっ、おおーっ、うふふふふ」

 マコトくんは腹を抱えて大爆笑し、教室の床をわらい転げたのだった。

 そうか、さっきマコトくんがゴミさんと交わしていたやりとりはこういうことだったのか。ぼくはそう思った。たしかなことばで何かを語ることではなく、身体的なことばのふれあいをマコトくんはのぞんでいるのではないだろうか。

 マコトくんはぼくの顔にじぶんの顔を押しつけ、「ぷっー」といったあと、またゲラゲラとわらい、マコトくんはすぐにじぶんの両手をぼくの両目にあててぼくの視界を閉ざした。それも面白かったようで、「おおーっ、おおーっ、うふふふふ」と大爆笑したため、ぼくは「このー」といってマコトくんの右の横っ腹をくすぐると、涙を流すくらいわらいころげたようだった。

 わらいがおさまると、マコトくんは教室の床をゴロンゴロンと回転し、寝っ転がっているぼくの体にぶつかってきた。そしてぼくの目を見つめるやいなや、

「ちょうだい、ちょうだいよ」

 といったのだった。

ぼくはマコトくんの「ちょうだい、ちょうだいよ」の意味することがわからず、「うん?」ときき返したけれど、マコトくんはもう一度、「ちょうだい、ちょうだいよ」とくりかえしたのだった。

ぼくに投げかけてきたはじめてのマコトくんのことばだった。「ちょうだい、ちょうだいよ」というかぎりはぼくに何かを要求しているにちがいない。ぼくはそう感じた。「ちょうだい」とは「ください」という意味だ。とすると、マコトくんはぼくに何かを「ください」といっているのかもしれない。いったい何が欲しいのだろうか。ぼくには皆目見当もつかなかったけれど、マコトくんはさらにまた「ちょうだい、ちょうだいよ」と要求してきたので、マコトくんの右の横っ腹をもう一度くすぐってみたのだった。さっきと同じように、マコトくんは腹を抱えてわらいころげた。もうぼくはやけくそになって、くりかえしのくすぐり攻撃をしてみたのだった。

「おおーっ、おおーっ、うふふふふ」

とマコトくんはとてもニコニコし、楽しそうなのだった。

ぼくはたんにマコトくんのいったことばの意味がわからず、ごまかす意味でただくすぐってみただけだった。そうしたら、「ちょうだい、ちょうだいよ」とマコトくんはまたぼくに迫ってきたのだった。

マコトくんはぼくにくすぐり攻撃をしてもらいたかったのではないか。ぼくはそう気づいた。マコトくんの「ちょうだい、ちょうだいよ」ということばは「もっとくすぐって、もっとくすぐってよ」という意味なのだった。

マコトくんの交わすことばを一つ覚えることができたことは、ぼくの世界を大きく広げることにもつながった。マコトくんのことばを発見することは、ぼくにとっても、マコトくんにとっても、大きな前進となったのではないだろうか。

 饒舌にことばを話さなくても、通じ合える世界がある。そのことに気づいたことは、ぼくの世界観を大きく揺るがせたのだった。まさにマコトくんによる「ちょうだい、ちょうだいよ革命」は、ぼくが出会った「たぶん、の詩」の驚きにちかいのではないかと思った。ぼくは「たぶん、の詩」と出会ったことで、世界の見方をズラすことができた。その驚きから本を読むきっかけもできた(恥ずかしながら、詩を書くようにもなった)。一つひとつ知らないことばを覚えるようになった。ことばを覚えることによってぼくの内面と向き合い、いままでぼくが人に対して「気持ち」を持っていないことに気づかされた。それはいったいどうしてなのだろうかと問うことをするようにもなった。問い、考えることはぼくにとってとてもつらい作業ではあったけれど、つらさをくりかえし経験することが「ぼくに、なる」ことなのではないかと思うようになった。もちろん、思うようになったというだけで、それが確信へとつながったわけではない。まだ、途上だった。(続く)


 

連載小説第10回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

「あれ? まだ学校にいたの?」 

十文字先生は教室のドアを開けるやいなや、ぼくに声を掛けてきた。ぼくはすぐに起き上がり、直立不動になって、十文字先生の話をきいたのだった。

「明日もあるんだし、早く帰ったほうがいいよ」

「あ、はい。すみません。疲れたのでちょっと休んでから帰ろうと」

「そうだよな。はじめてのことばかりで、大変だったね。お疲れ様」

「いえいえ。こちらこそ、何もできないぼくにいろんなフォローをしてくださって、正直、助かりました。ありがとうございます」

「何もしてやしないよ」

「いえいえ、たくさんしてくださいました」

「わたしよりきみのほうがセンスあるんじゃないか?」

「そんなことはありません、ぜんぜん」

 ぼくは大きく手を振って十文字先生のことばを否定した。

「教室でのマコトくんとのやりとり、わたしには面白かったけどね」

「見ていたんですか、なんか恥ずかしいです」

 ぼくはあまり褒められたことがないため、こういう雰囲気がどうも耐えられない。話を切り替えたほうがいい。

「先生はここに転勤する前、どこにいらっしゃったんですか?」

「高校だよ。クラス担任をやらなくなって授業を教えていればそれでよかったから、正直、特別支援学校は別世界に来たという印象だね。高校では授業のあいまに休み時間もあったし、ゆったりと教材研究もできたからね。いま思えば高校の現場は天国みたいなもんだよ」
「高校でのご専門はなんだったんですか?」

「国語」

「へぇー、国語なんですか」

ぼくはなんだか急に先生に親近感を覚えてきたのだった。

「文学がお好きなんですか?」

「好きというより、文学はわたしの人生そのものだ」

「文学が先生にとって人生そのものなんですか?」

「別のいいかたをすれば、『矢印』かな・・・」

「矢印?」

「そう、迷っている時に何かを指し示してくれる力になってくれる。もちろん、その矢印がわたしに正しい道を指し示してくれるわけではないんだけれどね。いや、文学はわたしに正しさを教えてくれたことは一度もなかったと思う。そう、リアルさだ。いつもわたしに世界のリアルさを教えてくれたのかもしれない」

「リアルさ?」

「リアルさっていっても、現実のことではない。現実を超えた何か、そう、ヌメヌメとした肌ざわりのような何か・・・かな」

「ヌメヌメした肌ざわり?」

「人生のこと、生きるということをいっているんだよ」

「どういうことですか?」

「現実は『ある』のではなく、現実そのものに『ふれる』ことなんだ。だから、その受けた感触は一人ひとり同じもののはずがない。同じものでないはずなのに、普遍的なものがある。そういうことさ」

「なんか、ぼくにはむずかくて・・・」

「今日きみがマコトくんにかかわっていたあの瞬間、ある意味でいえば、わたしにはきわめて文学的に見えたけどね」

「マコトくんとのやりとりが、ですか?」

「きみはいつもあんなことをやる人なのかい?」

「あんなこと?」

「ああ、床に寝っ転がって子どもといちゃついたり」

「いえいえ、そんなそんな」

「ということは、そういう行為を駆り立たせる何かがきみに起こったということだね」

「それがなんだかわかりませんが、たぶん、あったのだと思います」

「ふーん」

「でも、ぼくが主体的にそうしたわけでもないのです。いつもぼくは受け身の人間ですから」

「受け身?」

「だれかにそうさせられた、といいますか・・・。いつだってぼくはそうなんです・・・。結局、ぼくが生まれたことだって、受け身でしかないですし。『やっぱりI was bornなんだね』、つまり、自分の『意志』なんかないんじゃないかって・・・」

「ふーん」

「詩は読まれますか?」

「もちろんさ。それ、『I was born』って詩だね」

 ぼくは興奮した。十文字先生にぼくの鼓動がきこえているのではないかと思うくらいだった。

「生まれてから二・三日で死ぬカゲロウの話が出てくるね。詩の中で少年の父親は、カゲロウはいったい何のために生まれてくるのかと問いかける。カゲロウのメスの胃の腑には空気ばかりで何も入っていない。空っぽさ。ところが、卵だけはお腹から胸の方までぎっしり充満している。そんな話だね。カゲロウのメスは命を生み落とすためだけ、新しい命を継ぐだめだけに生きている。そう、命がけでね。ようするに、じぶんの命とひきかえに新しい命を生み落とすんだ。その話をしたあと、少年の父親は、母親が少年を生み落としてすぐに亡くなったと語る。切なく、悲しい、とても深い詩だね」

「・・・・・・」

「きみは『やっぱりI was bornなんだね』というフレーズを強調したいようだけれど、人が受け身であるかどうかより、じぶんの命を賭してまで新しい命を生み落とすことっていったいどういうことなのか。そのことを掘り下げて考えてみることが大切なのではないか」

 ぼくには父親も母親もいなかった。ぼくが生まれた時からもういなかった。両親が死んだのかも、まだ生きているのかも、ぼくは何も知らない。知りたいという気持ちさえない。だから、少年の父親の話の部分が、ぼくにはずっとわからないままだった。考えたくなかったわけではない。親がいないという事実から逃げたかったわけでもない。ただ、わからなかっただけだった。

「わかっているのは、きみがこうして生きていること。ただそれだけ」

十文字先生はぼくのこころを見透かしたかのように、やさしくぼくに語りかけてくれたのだった。

「ぼくがこうして生きていること・・・ですか?」

「そのことだけは、たしかなことなんじゃないのかい?」

「でも、ぼくはがらんどう、空っぽなんです。何もない。カゲロウのメスの胃の腑は空気だけだったけれど、お腹から胸まで卵で充満していた。ぼくには新しい命を継ぐ卵さえないんです。そんなぼくを生きているというのでしょうか?」

「いまはきみの内部に卵のようなものがないのかもしれないが、はじめから何者かである人間なんてどこにもいやしない。完璧な人なんていないのと同じように、ね」

 ぼくは黙って十文字先生の話すことばをきいていた。

「きみは『いつもぼくは受け身の人間』だといったね。きみの行動は主体的ではなく、『だれかにそうさせられた』んだって。きみがそう気づいたことはきみにとって大きな発見であるのかもしれない。受け身であるかぎりにおいて、たぶん、きみは他者とかかわっている。受け身自体、関係性がないと成り立たないからね。ようするに、主体とは関係のことをいうんだよ」

「受け身であることが主体的であるということですか?」

「受けることは他者への応答なのではないか。もちろん、他者からの呼びかけを無視することだって、応答することでもある。つまりそれは、他者からの呼びかけを何らかのかたちで態度表明することなんだ。それが主体的といわないで、いったいなんていうのだろうか。そうした他者からの呼びかけにきみが応答することをくりかしていく経験こそ、きみのなかに卵を宿すことなんじゃないか?」

「空っぽのぼくにも卵をつくることができるんですか?」

「たぶん、としかいえない・・・・・・。ただね」

 校庭にまなざしを向けていた十文字先生は急にぼくを見つめた。

「きみのいう『空っぽ』」ということばを『何もない』という意味で考えるのではなく、「空(くう)」ということばで置き換えるとどうだろうか? そうすると話は一変すると思う」

「空ですか?」

「そう。旧約聖書に『コヘレトの言葉』がある。そこで『空』ということばは『束の間』と訳すんだ。カゲロウの人生は二・三日で、とても短い。そう、束の間だ。その束の間の人生しか生きられないカゲロウではあるが、『人生を懸命に生き抜け』と教えてくれているのかもしれない。つまり、『生きよ』とね」

「先生の話されたことの半分も理解できていないかもしれません」ぼくは正直にそういった。

「では、別のいい方に換えてみよう。きみのいう『空っぽのぼく』というのは『何もないぼく』のことなのだろうか。そもそも『わたし(ぼく)』というのは『わたし(ぼく)』ではないのではないか?」

 

 生命は

 自分自身だけでは完結でないように

 つくられているらしい

 花も

 めしべとおしべが揃っているだけでは

 不充分で

 虫や風が訪れて

 めしべとおしべが仲立ちする

 

 生命は

 その中に欠如を抱き

 それを他者から満たしてもらうのだ

 世界は多分

 他者の総和

  しかし

 互いに

 欠如を満たすなどとは

 知りもせず

 知らされもせず

 ばらまかれている者同士

 無関心でいられる間柄

 ときに

 うとましく思うことさえも許されている間柄

 そのように

 世界がゆるやかに構成されているのは

 なぜ?

 

 花が咲いている

 すぐ近くまで

 虹の姿をした他者が

 光をまとって飛んできている

 

 私も あるとき

 誰かのための虹だったろう

 あなたも あるとき

 私のための風だったかもしれない

 

 十文字先生はぼくを静かに諭すように、上の詩をそらんじたのだった。

「ぼく、その詩、読んだことがあります」

 十文字先生はだれもいない、夕焼けで染まった校庭を見つめながら、こう続けた。

「この詩のなかの『世界』とは『私』のことをいっているのではないかって思うんだよ。私とは他者の総和ということは、あえていえば、もう『私』もないということなのではないか?」

「ぼくのいまの能力では、十文字先生の哲学的な話、正直、ついていくことができません。ただ、ぼくがこの詩のなかで気になるのは、『世界』のあとに『多分』という副詞でことばの意味をにごらせ、断言しないところです。これがおもしろい。ぼくにとって大切なのは、詩全体の意味を解釈するより、『多分』ということばから受け取る世界観なんだと思います。ぼくはそれだけで、充分なんです。十文字先生のいい方をまねすれば、『多分』という世界観に『ふれる』こと、それがぼくにとってこの詩を読むことなのではないかって思うんです」

「きみにとってリアルな詩ってことかい?」

「たぶん、ですけれど、いずれそのリアルさをつかんでみたいとは思っています」

  急ぐ必要なんかない。ぼくがこの詩の奥深さを理解するには、ヌメヌメとした肌ざわりが感じられる、そんな経験を積み重ねていくしかないのではないか。ぼくはそう思った。(続く)

※引用した上の詩は、吉野弘の「生命は」です。


 

連載小説第11回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

 六月十六日

サポーターの仕事をはじめてちょうど、一ヶ月。

われながらよく続いているなと驚きを隠せない。

仕事の忙しさは何一つ変わっていないけれど、じぶんが仕事の現場で何をしたらよいのかくらいはわかるようになってきて、だいぶ、気が楽になってきた。ちょっとした余裕もできてきた。その余裕のあらわれなのかはわからないけれど、こうした一日の振り返りをノートに書くようになった。

いや、一日に起きた出来事がぼくにとって新鮮で、驚きや発見があったからで、余裕のあらわれからではないように思う。

それと、仕事が終わった夕方、教室で十文字先生とお話をする時間があって、正直、ぼくにとってはじぶんをみつめるよい機会にもなってきた。そうしたもろもろのことを書き残すことが、ぼくの内部に卵を宿すことにもつながるのではないかと考えて、いま、こうしてノートに一日の振り返りを書いているというのがぼくの本心。

ただ、正直、仕事で疲れて眠たいことがあるため、毎日書こうと意気込んでいるわけではない。大切なのは、気を楽にして書くことなのだ。

だから、今日から書きはじめる振り返りノートには、じぶんの意思表明だけで、書いて早々、筆をおくことにしたい。

 

 六月十七日

 マコトくんはなかなか校庭で遊びたがらない。

遊びはいつも教室ばかりだ。

遊びといっても具体的に何をするわけでもない。独り言をしながら教室の床をゴロゴロしているだけ。おもちゃで遊ぶより、教室に散らかったおもちゃを片付けることに必死だったり、教室のカーテンに隠れて何やら歌をうたったりすることもある。ぼくからすればいったい何がおもしろいのだろうと思う。

今日、ぼくはマコトくんがうたっている歌をまねして一緒にうたおうとしたけれど、「いやー」といって拒絶された。

でも、マコトくん、ぼくをチラッとみて、笑みを浮かべていた。そして、恥ずかしそうに、カーテンのなかに隠れたのだった。

 

六月十八日

送迎バスのお迎えの時間では、マコトくんと手をつないで教室へ行く。マコトくんから自然に手をつないでくることはまだ一度もない。ぼくから手をつないでもらうようお願いする。それはとうぜんだ。マコトくんが嫌がっても手をつながないとどこかへ行ってしまったらそれこそ危ないからだ。

少しの変化として、マコトくんはぼくと手をつなぐことを拒絶しなくなったことだった。ぼくの手を振り払って逃げる姿はもう見られなくなった。本当にありがたい。

今日のマコトくんはご機嫌で、ぼくと手をつなぐやいなや、歌をうたいはじめたのだった。何の歌かはわからない。きいたこともない歌であるけれど、同じフレーズをくりかえしうたってくれるので、ぼくはつないでいる手を大きく振りながら腹から声を出してマコトくんと一緒にうたってみたのだった。そう、やけくそになってうたったのだった。ぼくのそうした姿が面白かったのか、マコトくんは教室まで歩く廊下の真ん中で転がって、腹を抱えて笑いはじめたのだった。

マコトくんが何におかしかったのか、わからなかった。わからなかったけれど、マコトくんが楽しければそれでよい。マコトくんが笑う姿はめずらしく、上田先生には見せたことがなかった。ここだけの話、サポーターとはいえ、ド素人のぼくのかかわりを気に入ってもらえることはぼくの大きなよろこびだった。

しかし、そのことについて、ぼくは上田先生に報告をしたことはなかった。この一ヶ月でわかったことは、上田先生にできないことをぼくがしてしまった時、上田先生のプライドを傷つけてしまっているかもしれないと思うようになったからだ。ぼくは単純に一緒によろこんでもらいたいだけなんだけれど。

 

六月十九日

マコトくんは、偏食だ。

食べ物の好き嫌いが激しく、給食をあまり食べてくれなかった。もちろん、無理して食べさせることはできない。まずはマコトくんの好きなものから食べてもらって、いまは食べられないけれど、もしかしたら食べることができそうな食べ物は、数ヶ月、一年かけて食べられるようにすればよいだけだ。

今日の給食の時間に「へぇー」って思ったことがあった。マコトくんは食パンにいつもマーガリンをつけて食べていたけれど、今日の給食ではマーガリンはなく、いちごジャムだった。マコトくんはじぶんで食パンにマーガリンなどをつけることはできないので、いつもぼくがつけてあげていた。そこで、食パンにいちごジャムをつけてやり、「食パン、食べて」と声かけをしてみたが、いっこうに食パンを食べてくれなかった。

偏食かなと最初は思ったけれど、そうでもなさそうな表情を浮かべ、ずっといちごのジャムを見つめていた。もしかしたら、食べたことがないのかもしれないと思ったので、まず、ぼくの人差し指にたっぷりといちごジャムをつけてから、「マコトくん、これ、いちごジャム、ジャーム」といって、ぼくの人差し指をマコトくんに差し出してみた。すると、マコトくんはいちごジャムに近づき、ペロッといちごジャムをなめたのだった。マコトくんはいぶかしげな表情を浮かべていたが、もごもごと口の中にいちごジャムを転がすようになめると、ゴクンと飲み込んだのだった。ぼくは食べられると思って、いちごジャムを食パンにぬってから、「はい、いちごジャム、ジャーム」といって食パンを手渡した。そうしたら、普通に食パンを食べはじめたのだった。

このやりとりはあとで上田先生に「衛生上、金輪際、やってはダメ!」ときつく叱られた。上田先生のいうとおりだろう。

一方、仕事を終えた夕方、十文字先生は上田先生に叱られた案件について、「たしかに衛生的にも教育的にも褒められた仕方ではない」といいつつも、こう続けた。

「きみの指だからなめたんじゃないか?」

「えっ! どういうことですか?」

「上田先生がきみと同じようなことをしたと仮定しよう。マコトくんは上田先生の指をなめただろうか?」

「・・・・・・」

「マコトくんがいちごジャムを食べなかったのは、それが何なのかわからなかったからだけではない。わからないから、いちごジャムを警戒したんだ。つまりね、マコトくんはマコトくんなりにいちごジャムが安全なものか、危険なものか、食べることができるものか、そうでないものかを警戒していた。その時、きみが、きみの人差し指でいちごジャムを目の前に向けられ、マコトくんは『大丈夫』と判断して、いちごジャムをなめたんだよ。わたしはこの瞬間は見過ごせない、きみにとっても、重要な場面だったと思っている。スズキくん、この意味、わかるかい?」

「いや、ちょっと・・・」

「マコトくんはきみを安心できる人だと認めたということではないか?」

 

 六月二十二日

 マコトくんはトイレがこわいという。こわいから一人でトイレに入れなかった。これはぼくがマコトくんと出会ってから、いまも変わらなかった。だから、いつもぼくと手をつないでトイレに誘導する。こわいときはすぐに「ちょうだい」といって手をつないでくれるので、うれしい。

 マコトくんの母親によれば、お家のトイレには一人でおしっこをすることができるけれど、学校のトイレには入れないのだった。お家でよく使っていた「おまる」をお借りして、「おまる」をトイレに持っていき、おしっこをしてもらっていた。そうでなければ安心しておしっこができないのだった。

 マコトくんを支えていくためのキーワードは、安心だ。

 

 六月二十三日

今日は、疲れた。振り返りを書く気力がない。

  ただ気になったことは、夕方、事務室に警察官が何人か来ていて、校長と事務長で何やら深刻な話をしていたことだった。何があったのだろうか。(続く)


 

連載小説第12回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

 六月二十四日

給食を終えたあとの昼休み。

ぼくはマコトくんと一緒に校庭で遊ぶことを試みたけれど、マコトくんは校庭へいく途中にある花壇に足を止め、なにやら、花壇に植えてある植物の葉っぱを千切って、「バイバイ」といいながら葉っぱをパラパラと落とすことをくりかえしていた。せっかく成長した植物を抜き取って、たんに葉っぱを千切るという意味不明な行為をやめさせようとぼくは声掛けをしたけれど、「いやー」とマコトくんは抵抗し、ぼくの注意に対してきく耳を持ってくれなかった。

あとで先生たちに叱られるなあと思ってなんども注意を促がすが、いっこうにやめようとしなかった。むしろ、マコトくんはそのくりかえしの行為を楽しんでいる。教室で見せたあの「満面の笑み」を浮かべて、マコトくんは葉っぱ千切りを楽しんでいるのだった。あきらかにマコトくんは命ある植物を殺していた。植物も人間のように生きている。かわいそうだ。普通に考えればだれだってそう思うだろう。とうぜん、マコトくんの行為をすぐにやめさせなければいけない。マコトくんの行為はたんなるこだわりなのであって、それを続けさせることはその行為を助長させるだけだ。でも、こんな幸福そうな表情はないくらい、マコトくんは楽しそうなのだった。

ぼくは思った。

この花壇に植えてある草花たちは、マコトくんを生かしているのかもしれない。じぶんの命を賭して、マコトくんに幸せを与えているのではないだろうか。草花たちはぼくにそう語りかけているような気がした。もちろん、そうしたとらえかたはまちがった解釈だろうとぼくは思っているけれど、幸せそうな表情を浮かべるマコトくんを草花たちはどう感じているのだろうか。

そして、草花たちはこのことを通してぼくに何を伝えようとしているのだろうか。

 

六月二十九日

マコトくんは多くの子どもたちがそうするように、ブランコやジャングルジム、砂場などで遊ぶことはなかった。いつものように校庭へ行く途中にある花壇の葉っぱ千切りに余念がなかった。ぼくは、強引にマコトくんを校庭へいざなうことはせず、マコトくんの夢中になっている葉っぱ千切りを少し離れた場所で見守っていた。

しばらくして、マコトくんは葉っぱ千切りを中断し、千切った葉っぱの束をぼくのところへ持ってきた。

「はーい」

 とマコトくんは満面の笑みで、ぼくに葉っぱの束を差し出した。ようするに、「もらってくれ」ということなのである。

「あ、マコトくん、ありがとう」

 ぼくはマコトくんに頭を下げてお礼をいった。

 マコトくんはとてもよろこんだようで、「うふふふ」とニコニコ顔で、さらにまた葉っぱを千切って、もう一度、ぼくに葉っぱの束をプレゼントしてくれた。

「ありがとう、マコトくん。うれしいよ」

 ぼくはマコトくんの頭をなでてあげた。

 マコトくんは恥ずかしそうに顔を紅潮させ、ぼくのお腹に顔をうずめた。

「ありがとう。とってもうれしいよ」

 ぼくは両手でマコトくんを抱いてあげた。

 

 七月六日

 もうすぐ夏休みだ。

 夏休みに入ると、マコトくんと会える日も少なくなる。さびしい気がしてきたじぶんがいる。こういう感情はあまりぼくになかったので、正直、戸惑いさえ感じている。

 それでも、マコトくんと会える貴重な時間を一緒に楽しんで過ごすことが何よりマコトくんのためだとも思っている。「だれだれのためだ」なんて、ぼくのいうセリフではない。気恥ずかしい。「いつもじぶんのためでしかなかった」ではないかと振り返る。いや、「じぶんのため」なんていい方もそらぞらしいかもしれない。なぜなら、ぼくには「じぶん」さえなかったのだから。「じぶん」とは、そもそも「じぶんではない何者か」との関係のなかからしかいえないことばである。そのことをぼくに教えてくれた存在が、マコトくんだった。

 マコトくんはぼくの、「先生」だった。

「マコト先生、明日はぼくに何を教えてくれますか?」

 

七月七日

七夕の日。

クラスの子どもたちと一緒に「願い事」を書く授業があった。文字を書ける子、書けない子とそれぞれだけれど、じぶんなりのことばで「願い事」を書いてもらう。

マコトくんは短冊にミミズなのか、オタマジャクシなのか、なんだかわからない文字で「願い事」を書いていたけれど、意味さえもわからぬその短冊に書かれたマコトくんの文字に愛着を感じているぼくがいた。

あきらかにその文字は、「マコトくん」なのだった。

文字は人なり。

 

 七月十日

 マコトくんに大きな変化があった。

 マコトくんがはじめて校庭へ足を踏み入れたのだ。革命が起きた瞬間だった。

 マコトくんは、いつものように、校庭へ行く途中にある花壇で葉っぱ千切りをしていたけれど、今日のマコトくんは葉っぱ千切りをしながらも、ぼくの洋服のなかに顔を突っ込んできたり、おいでおいでとぼくの手を引っ張ったりと、ぼくと遊ぼうという様子が見られた。ここはチャンスだと思い、ぼくは「マコトくん、アッチ、アッチの校庭に行かない?」と誘ってみたのだった。

すると、えへへへとタレ目の笑顔でぼくに抱きついてきて、「ちょうだい、ちょうだいよ」といって手をつないできた。「行こう」というと、スキップをしながら歌をうたい、校庭にあるブランコまでマコトくんを連れていった。

ブランコは子どもたちの人気の遊具で、いつもなら順番待ちするところだが、今日はたまたま、一つだけ空いていた。

「あら、マコトくん、校庭まで来てくれたの?」

 上田先生は満面の笑みでマコトくんを歓迎し、マコトくんの頭をなでようとしたのだったが、マコトくんは警戒する動物のように素早くぼくの後ろに隠れ、上田先生とのやりとりを嫌がった。

「ま、いいか。校庭まで来れたんだもんね」

 ぼくはマコトくんが校庭まで足を運んでくれたので、せっかくだから、ブランコに誘ってみたのだった。

「いやー」マコトくんは拒絶した。

「まだ早いわよ」上田先生はぼくをたしなめた。

「そうですよね」ぼくは頭をかいた。

 マコトくんはブランコを嫌がったけれども、ぼくの手から離れたわけではなかった。むしろ、マコトくんは積極的にぼくの手を引っ張り、「アッチ、アッチ」と校庭のトラックの方へいざなった。

トラックでは学年の垣根を超えて子どもたちがジブリの音楽「歩こう」に合わせてゆっくりと散歩していた。

「歩くの?」

ぼくはマコトくんをそう呼びかけると、うふふふといいまながら、「一緒に歩こう」とでもいいたげにぼくの手を引っ張った。マコトくんはぼくとデートでもしているかのように照れながらもよろこんでいる様子だった。

トラックを半周歩いたくらいの時だった。

 マコトくんはぼくの手を振り払い、いきなり走り出した。

「ちょっと待って、マコトくん!」

 ぼくはマコトくんのあとを急いで追いかけた。

 マコトくんはシーソーが置いてある場所まで来ると足を止め、ぼくを振り向いた。ぼくに「おいで」といっているのだなと思い、ぼくは急いでマコトくんのところへ走った。マコトくんはシーソーに乗り、さらにぼくへ顔を向け、ぴょんぴょんと体を動かしながらぼくを待っていた。シーソーまでたどり着き、「シーソー、やる?」と誘ってみた。「うふふふ」とマコトくんはいって、「早く、早く」とシーソーを揺らしはじめた。ぼくもすぐにシーソーに乗った。ぼくとマコトくんはそれぞれシーソーの板の両端に座るものの、マコトくんはシーソーの遊び方がわからなかったため、交互に地面をける上下運動をすることはできなかった。

「手伝ってあげるよ」

 たまたま近くにいた十文字先生がマコトくんの背後に回り、「はい、いーち」といって上下にシーソーを動かしてくれたのだった。

 マコトくんはあまりの激しい上下運動にびっくりしてしまい、こわがってしまったようだった。

「十文字先生! なんてことするんですか、まったく。マコトくん、こわがっていますよ。はじめてシーソーに乗ったっていうのに。もう台無しですよ」

 十文字先生はマコトくんの顔をのぞきこむように顔を近づけて、「マコトくん、ごめんね」といってわびたのだった。(続く)


 

連載小説第13回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

七月十二日

 仕事が終わったあと、学年主任の先生に呼ばれ、生活指導室で面談が行われた。

「学校の仕事、もう慣れた?」

「何をしたらいいかくらいはわかってきたかなと思います」

「職員室ではスズキくんの話題がでるようになってきたよ」

「ぼくの話題が、ですか?」

「先生たちが『よくやってるね』って」

「ただがむしゃらにやっているだけですけど」

「それがいいのかもしれないよ」

「そうですかね」

「十文字先生はきみがここへ来てから何か変わったような気がする。子どもたちに積極的にかかわるようになってきたし、職員室でもよく話されるようになったね。きみが来るまでムスッと黙って本を読んでいるだけの先生だったから。きみの影響かもしれない」

「ぼくにとって十文字先生はとても熱い先生です」

「上田先生はどう?」

「よく叱られますね。ぜんぶ、ぼくが悪いんですけど」

「どんなことで叱られるの? 子どもとのかかわりで?」

「やることなすこと、ですかね」

「好かれてないってこと?」

「目ざわりなんじゃないかって」

「それは嫉妬かもしれないね。あまり気にしないほうがいい」

「気にしないようにしていても、気になりますけれど」

「まあそうだね」

「ええ・・・・・・」

「スズキくん、ところでさ」

「あ、はい」

「きみ、子どものこと、好き?」

「子どもとかかわることが、ですか?」

「そういうのも含まれるといえば含まれるけれど・・・、まあ、なんていうか、子ども自体? っていうか、たとえば、男が女を好きになるみたいな」

「そういうことを考えたことがないです。そもそもぼくは女性を好きになったことがないんです」

「本当? 女性と付き合ったことがないの?」

「ええ、まあ・・・。ようするに、ぼくには恋愛感情というものがないのかもしれません。もちろん、男性に対しても、ですけれど」

「ふーん、そうなんだ」

「ええ」

「くどいようだけど、子ども自体は好きじゃないんだよね?」

「好きという感情がないわけですから」

「そうだよね。わかった。ごめんね。へんなことを聞いたりして」

「いえ、本当のことですから」

「ちょっと、ここだけの話にしてもらいたいんだけど」

「え、何でしょうか?」

「盗撮ってわかる?」

「ええ、隠しカメラで盗み撮りする、あの盗撮ですか?」

「そう」

「それがどうかしたんですか?」

「いえね、先週、一階の男子トイレに隠しカメラが設置してあってね」

「隠しカメラを、ですか?」

「うん、そうなんだ。大変なことが起きたよね」

「なんでぼくのような部外者にそんな大事な話をされるんですか?」

「まあ、きみだけってわけではないんだけどね・・・」

「外に出されたらマズい話ですよね?」

「そうなんだけどさ」

「ぼくが疑われているってことですか?」

「そういうことではないんだけれど・・・、あるウワサをね、ちょっと耳にしたもんだからさ」

「ウワサ、ですか? どんなウワサですか?」

「マコトくんとのかかわりでね、気になることがあるってさ、そんなウワサだよ」

「疑われるようなことなんか」

「そうだよね。そもそも、女性にも男性にも恋愛感情がないきみがね、子どもに対して変な感情をね、そんなこと、あるわけがない。ただ」

「ただ?」

「マコトくんに指を舐めさせたりとか、じゃれあったりとか、抱きついたりとか、そんなことを見ていた人もいてね」

「上田先生ですね」

「まあ、そうなんだけれども・・・」

「十文字先生がそんなことをいうわけがないですから・・・」

「実際、マコトくんにそういうことをしたことはあるの?」

「まあ、したっていうか・・・」

「したことはあるんだね?」

「でも、変な感情からやったことでは決してありません」

「うん、だからそれはわかっているよ。ごめんね」

「・・・・・・」

「でも、これから気をつけたほうがいいよ、そういうかかわりかたは。きみがそう感じていなくても、人によってはゴカイされることがあるから。あと、それに・・・」

「それになんですか?」

「きみ、逮捕歴あるでしょ?」

「逮捕歴? ああ、はい・・・」

 ぼくは児童養護施設を退所してから二回、あることで警察に捕まったことがあった。

「なんでそんな大事なこと、言わなかったの?」

「隠すつもりはなかったんですけれど・・・」

「会社にも言ってなかったの?」

「そんなこと言う必要があるんですか?」

「はあ? きみねぇ・・・」

 僕はもうこれ以上、お話をすることもなかったので、退席させてもらった。

 盗撮なんかしていない。

 ぼくは学年主任の先生にそうはっきりといっておけばよかったとあとで後悔したけれど、仮にぼくが犯人扱いされたとしても、弁明も抵抗もすることはないだろう。それがいままでのぼくの逃げ方だったし、現にぼくは警察に捕まったことがあり、疑われても仕方がなかったのだから。

 

 七月十三日

  今日、ぼくは施設長から呼び出され、会社をクビになった。(続く)


 

連載小説第14回『たぶん、の世界』

 

山田 育男

 

「ぬーわんだってぇー!」

いきなりリビングのドアを蹴り飛ばす勢いで入ってきた男がいた。男は、リビングに入るや否や、スズキくんへ向けて機関銃のように語りかけ、持論を展開するのだった。

「スズキくん、上田というヤツは、いわば、人格の歪んだマウンテンゴリラなんだよ。マウンテンゴリラは、外堀と内堀を埋めてスズキくんのことを嵌めたのでしょう。赦せねぇ。上田というヤツは、能力が無くて、やる気が有る最も有害な種だ。反省しないマウンテンゴリラなんだよ。

学校は官僚組織だから、部下は嘘をつかない前提で、上へ報告をあげる。この原理は、官僚組織上層部にとって自己保身(誰も判断を間違っていない証)のために都合が良い。上田マウンテンゴリラの捏造報告は、学年主任を経て「事実」として上へ上へ報告されてゆくことになる。この原理を熟知している上田マウンテンゴリラは、学校の中を自身に有利に立ち回るために利用していく。気に入らない人物の中傷を、繰り返し繰り返しネチネチ上司へ報告したんだよ。これで、自分がコントロール出来ない人物を組織の力で潰し、憂さ晴らしをする。王様に告げ口する悪い宦官なんだ。こういうことをするバカがいるから、学校は多くの優秀な人材を失うんだよ。

要するにね、スズキくん、上田マウンテンゴリラこそ、学校での諸悪の根源なんだな。

君の学校での対応は、おれが君のノートを読む限り、間違っていねぇよ。だがな、上田マウンテンゴリラの悪意ある中傷が君の人生を地獄へ貶めたのよ。

君はな、学年主任との面談の前にクビは既定路線だったんだ。

問題教諭を配置する人事に諸悪の根源が凝縮されているしな。
①能力が有って、やる気が有る
②能力が有って、やる気が無い
③能力が無くて、やる気が有る
④能力が無くて、やる気が無い
この中で最も有害なのは③だ。上田マウンテンゴリラ先生は、同僚や生徒を追い詰める③だ。
 それに対して、十文字先生はズスキくんの『他者・すばらしい大人・メンター』だね。

十文字先生はスズキくんの伸びしろを見抜いている。十文字先生は、自己肯定感の低い君の短所を長所に転じている。十文字先生は、君の真実に寄り添う、コミュケーションの名手だ。

「ところで、信(まこと)さん?」どこまでも続く男の話をスズキは割って入った。

「うん? 何?」

「信さんがもっているそのノート、ぼくのですよね。なんでそれ、持っているんですか?」 

「あ、これ、二階のトイレに置いてあってね。おれってトイレに入るの長いでしょ? 便器の蓋の上に置いてあったもんだから、ちょっと読書代わりに読ませてもらったんだ。でも、このノート、面白かったよ」

 さっきキーくんがぼくから奪い取っていったモノがノートであったことにいまさらながらハッと気が付いた。ぼくは信さんからノートを両手で受け取ると、胸元に大事に抱きしめた。

そうか、キーくんはぼくのノートを奪って二階のトイレに隠していたのか。

「ノートに名前が書いてなかったので、ちょっと開いて読んじゃったんだけど」

信さんはテーブルの近くまでくると、すぐにお気に入りの松本民藝家具の椅子に座った。

「ちょっと、ですか?」

「ごめん、全部読んじゃった」

「もおー」

 信さんは笑いながらテーブルに額をつけるまで深々と頭を下げた。

「ところで」信さんは前屈みになってぼくの顔をのぞき込むようにしていった。

「七月十三日の日付でノートの書き込みが終わってるけど」

「ああ、そのことですか?」

ぼくはテーブルの上にノートを置いて、ペラペラとページを繰った。すると、何やらテーブルの下に人が隠れたような気配がした。

「もおー、キーくんまた?」ぼくはテーブルの下から伸びてきたキーくんの手首をつかんだ。「捕まえた!」

 テーブルの下からキーくんが顔を出してぼくのノートを奪おうとしたのだ。

「これ、ダーメ! キーくんにはあげません。いま信さんと話しているんだから」

「うーん、うーん」キーくんは泣きべそをかきながらぼくに抵抗してきたので、

「キーくん、あとでアイス、一緒に食べよ。それまでお部屋で待ってて」信さんがそういうと、嬉しそうにリビングから出ていった。

「困ったもんですよね、キーくんはこだわりが強いから」とぼく。

「でも、この家、キーくんのあのこだわりがあるからこんなにきれいになっているんだと思うよ。結構、役に立ってんじゃないの?」

「この家を汚している張本人のぼくがいえた義理じゃないですけれど・・・」

「こだわりっていうけど、それを強みに変えられれば意外に重宝されるんじゃない?」と信さん。

「たしかにねぇー」

 「ぼくらだって何か持っているかもしれないよ」信さんさんはニヤッと笑った。(続き)

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